演劇公演「それでも人生はすばらしい」に関わったチームメンバーについて。
予告編動画でも使用した音楽、そして劇中客席後方で生バンドを指揮してBGMを担当してくれた伊藤誠人君。
この人との付き合いはかれこれ計算すると実に10年以上になる。紛れもなくバンドマンの中では一番長い付き合いで「ライブハウスでの演劇公演」の話が持ち上がった数年前の段階でオファーしていて。今回改めて話を持ち寄った際にも「あの時約束したからな」と快諾、素晴らしい、本当に素晴らしい音楽で演劇公演前半パートを彩ってくれた。
Aパート前半の最後は彼自らが歌うテーマで終わったのだけれども、これは「君が歌ってくれよ」とお願いして実現した。通し稽古の際に「本番では誰かボーカリストを探そうと思っているんだけど」と前置きして彼が歌った、その感じが本当に素晴らしくてカラオケ以外では人前で歌う事に難色を示し続けてきた彼の顔を知っていながらお願いした。
彼からするときっともっと巧く歌える人間がいる、と思ってのボーカリストを探す発言だったのだろうけれども、やはりここは彼が歌う事に意味があったと今でも僕は思っている。何より本番、楽屋の扉をうっすら開けてそこから聞こえてきた歌声は心に響いた。
劇中も役者の演技を引き出す演奏をしてくれて、本当に感謝している。
ギターを弾いてくれたのは各務鉄平(紙コップス/パイプカツトマミヰズ ボランティアメンバー)君。
伊藤君に続き、二日連続で「20周年はすばらしい」でエレキギターを弾き倒してくれたのは各務君。彼も長い付き合いになる。元々は彼と一緒にバンドをやっていた頃に本多さんから頂いた演劇公演、やっぱりどうしても当時のメンバーに出て貰いたくて最初は役者でもオファーをしていた(その頃の脚本というのいは最終稿とはまた違ったものだったので)。熟考の末、役者での出演は違うという事になりそれが紆余曲折を経て結果的にああいう作品になったのだからその判断も、先読みしたわけではないだろうけれども感謝している。
スタジオに来る段階で彼が持ち込んでくれたアルトリコーダーをはじめとする生楽器の数々は劇中、幽霊の登場シーンで大活躍。ギタリストという枠を超えた大活躍をしてくれた。
本当に感謝してる。
ドラムパッドによるパーカッションを担当してくれたのはせんちょー(ナナフシ/JONNY サポートメンバー他)。
伊藤誠人君に「ライン出力前提でリズムセクションを担当してくれる人を探してみてくれ」と話をしてからしばらく後、伊藤君と僕がほぼ同時に「この人だ!」と思い当たったのがせんちょー。
JONNYでの活動を通じて体感したこの人の、良い意味で作品の作り手に深く入り込み過ぎずそれ故発揮される作品そのものへの誠実さっていうのが僕は大好きで。せんちょーの参戦が決まって演奏陣3人の顔ぶれが見えた時、今回の劇中音楽は絶対に良いものになると確信出来た。HIP-HOP(って言っていいのかあれ)にのせて幽霊の背景を物語るシーンでもせんちょーのリズム感が絶妙だったし、何よりやっぱり抜群に引き出しと勘が鋭いもんだから一切、はずれがなかった。せんちょー、感謝しています。
宣材としても使われた僕個人のアーティスト写真撮影、当日の影アナ、そして常にお客さんの一番近くで自由に動けるように待機してくれていたのはヨシダユキ先生。
いつもいつもご近所さんだから成り行き上巻き込んでしまう事が多いヨシダ先生だけれども、今回程巻き込まれてくれて良かったと思った事は正直なかったよ。事の進行具合は定期的に報告していて、そして稽古らしい稽古は当日最後の通し稽古まで観ずにいて貰い、通し稽古を観るヨシダ先生の表情を離れたところから見ていた。その時の先生の表情でますます僕は自信をつけたのだった。
アーティスト写真に関しても僕をどう見せたいか、っていう部分を明確に持って撮影に臨んでくれて(しかもそれが僕の見せたい部分と一致している、という快感!)本当に有難かったし、結果的に今回の演劇公演で披露する事が出来た僕の本質の部分が写真にも出ていると思う。
諸々、感謝しています。
予告動画撮影及び編集、そして当日は照明スタッフとして携わってくれたのはもぐら君。
最後の予告動画編集に入る前くらいかな、彼は東京へ上京して。それまで彼の部屋や路上で撮影したり編集作業したり、それ以外にも色々な時間を重ねていたので遠くに行った事は純粋に寂しかったけれども、それでも400km近い距離を正月早々、彼は名古屋へ来てくれた。
動画撮影も編集も専門外だった彼に予告動画製作依頼をした僕も無茶苦茶だけれど、数日間で素材となった動画からしっかりした予告動画を完成させた彼は良い意味でもっと無茶苦茶だ、と思った。そして一緒にものを作る上で何が嬉しかったって彼自身、自分の作る作品=予告動画にプライドを持って臨んでくれた事。普段からカメラマンというものを表現する側にいる彼だからそれは想像出来るといえば出来るのだけど、想像以上のプライドで良い動画を三本、作ってくれた。
照明に関しても触った事もないであろう照明卓を井藤さんの簡単なレクチャーだけで扱いこなし、こちらの注文と彼の感性を踏まえた上で舞台を素敵に彩ってくれた。
もぐら君、無茶ぶりに応えてくれて有難う。
阿刀田美奈子役として体を張った好演で応えてくれた田中みなさん(ゲボゲボ)は孤独部のライブハウス作品を通じて知り合った。
元はといえば僕のライブに遊びに来てくれていた田中さんにふと「舞台上で服って脱げる?」と冗談混じりで訊いたのがきっかけでオファーと相成ったわけなのだけれども、あの時の田中さんの即答気味の「脱げますよ」は本当に潔かった。
バンドマンが作、演出というわけでそれまでゲボゲボという劇団で役者業を重ねてきた田中さんは実際のところ相当戸惑ったのではないかと思う。門外漢が責任者である演劇公演、という普通ならば「お前それ違うだろ、こうだよこう!」と言いたくなるような瞬間も多々あったであろう制作現場に於いて、田中さんは元々モチーフもない役だっただけに実際頭を悩ませている様子も見せていた。しかし最初に脚本を読んで貰った時「舟橋さんの人となりをもっと知りたいと思う」とアプローチしてきた段階でこの人にオファーして正解だった、と僕は思っていたので、本番では絶対に主観でも客観でも一番良い表現を繰り出してくる事は確信していた。後半パートに於いて僕は僕として出ていく以上、特に計算も何も必要ない。ただ彼らは29歳の劇中人物である。勿論虚構の人間ではあるのだが、僕の29年に虚構の29歳として向き合う際に相応する説得力は必要不可欠である。先程も書いたが、演じる役にモチーフも何もない田中さんには相当に無茶なお願いをしたのではないか、と思っていた。だが。
いざ、舞台にあがって彼らからすると『驚異』となる存在として対峙した際に、僕の眼前には田中さんではなく役である阿刀田美奈子が居た。
交際相手である東野に寄り添うその姿勢は完全に普段の田中さんのそれではないし、僕を見つめる目も田中さんではない。凄いもんだ、役者っていうのは。田中みなさんっていう役者は。
本当に有難う、貴女の表現に一番近くで、一番興奮させられました。
幽霊役は劇団バッカスの水族館より相羽広大君。
彼とも孤独部のライブハウス作品を通じて出会った。スタジオでの練習時から彼の挙動に目が釘付けになり、今回コメディリリーフとして幽霊役を考えた際に相羽君以上の適役はいないのではないかと思われた。
がっしりとした体格の彼が温厚で落ち着いたその人間性からは想像も出来ないような瞬発力で繰り出す挙動っていうのは本当に観ていておかしいし、「デカくて早い」っていうのは単純に男の夢である。かしやま君も「相羽君が笑いの部分は全部引き受けてくれますから」って言っていたのも納得で、彼が稽古に参加した初回から僕は相羽君に笑わされっぱなしだった。こちらが期待した以上のものをアドリブで繰り出してくれるので「もっともっと!」とどんどん要求はエスカレートしていった。演奏チームとの通し稽古でも、曲入りのタイミングが彼のアドリブで一発で決まったりしていた。当然、その瞬間も演奏チームは皆笑っていた。
相羽君、前半部分の印象を決定づける大役を果たして頂いて、本当に感謝しています。
右角81君は孤独部とゲボゲボの深夜公演で初めてその姿を拝見し、その少し後だろうかtwitter上で交流を持つようになったのがきっかけ。物作りについて意見を交換している間に「この人にも参加して欲しい」という思いが高じてオファーさせて頂いた。役者としてお願いしたものの、最終的には田中さんも所属した劇団であるゲボゲボを主宰、作/演出も手がけてきた経験をそのまま本公演でも活かして貰おうと演劇人としての経験と知識もお借りした形になった。稽古を見て彼が気になった点、自分ならこう演出するという点を記したメモを皆で共有、そこに「各々がこれを踏まえた上でどう思うか、それを演技に活かすも良し、違うと思うなら反映しないという形で活かすも良し」という旨を伝えた。結果的に客観的に見た視点での右角81君のこの演出メモは大いに役者陣の参考になったようで、当日も準備が終わって開場を待つ間、舞台上でかしやま君と右角81君が話し込んでいる姿が見受けられた。また、演技も彼の独特な雰囲気が僕の知る「バンドマン」そのもので、物語の導入を司る役として大いに貢献して頂いた。
右角81君、君のクリエイティビティを遺憾なく貸してくれて本当に有難う。
さて、今回の公演をそもそもからして挙行するに踏み切るに至ったにはこの男との出会いがあったからだ、と自信を持って言えるのが主役を演じてくれた孤独部主宰、かしやましげみつ君。
演劇公演の話を頂き、やりたい内容も漠然と見えた際にまず僕がしたのは彼の家に行き、構想を話し、彼のリアクションを見る事であった。都合2年間も演劇公演が実現しなかったのは彼のように演劇という表現に身を置きながらライブハウス、バンドマンという存在に対して共感を感じてフレキシブルに動ける男が身近にいなかったからだ。なおかつ、彼は面白い事をやっているのは孤独部の活動を通じて知っているつもりでいたし、何にしても彼の知識と経験と力は必要だった。僕のプレゼンに対して彼の返答は極めて明確で、かつ喜ばしいものだった。
「…やりましょう。この話を断ったら役者として名折れです」
「本当かい。ただ、僕はステージの上で君を殴るよ」
「それは怖いです」
「うん、すまない、殴るよ」
「怖いですね。でもやりましょう。絶対に面白いですよ、これ」
その後、キャスティングを練るにあたっても彼に相談をし、脚本の第一稿が出来上がるとすぐに彼に目を通して貰い、僅かな変更点も彼に報告をし、作品に対する思いも何を表現したいのかも自信も不安も彼に話をしてきた。スーパーで大量の食材を購入し、二人で鍋を囲みながら芸術に対する話をし、面白いと思うものを共有し、そして同時に僕のソロ活動に協力して貰い、彼の演劇公演を観に行き彼のクリエイティビティとバイタリティに畏れおののき、そしてお互いの領域でお互いの表現活動を続け結果と成果を持ち寄って、そして今回の演劇公演に向かってきた。スケジュールの関係上なかなか稽古に参加出来ない間は彼が諸々の調整をしてくれたし、演劇に必要な知識も与えてくれた。後半部分の脚本を棄却する、という決断も彼の後押しがあったからこそ確信が自信に変わって踏み切る事が出来た。
そして本番。
そんな一緒にものを作ってきた彼が演じる東野の右顔面を思いっきり殴りつけた瞬間、自分の中で確実にスイッチが入ったのがわかった。舞台に上がって数分後から彼演じる東野と田中さん演じる阿刀田に感じていた違和感、そしてイラつきは暴力という形で顕在化し、僅かに残っていた彼らと重ねてきた時間への愛着も思い入れも、一度の暴力で粉微塵に粉砕した。開場直前に二人と舞台の上で三人っきりで話をした。「今回の演劇公演を成功させるためには何だってする。けれども出来れば訴訟は起こさないで欲しい。そしてひょっとしたら君達との関係も今日これっきりになるかもしれないと思っている」と。その段階ではまだ戸惑っていた、と言っていいだろう。けれども一度彼らを蹂躙する方向に動き出した瞬間、僕はもうとことんこの眼前の二人を脅かしてやりたいと、蹂躙してやりたいと心の底から思った。心の息の根を止めて、肉体的にも破壊してやろうと思った。そしてそんな気分も悪くない、と。
しかしそれも、かしやま君と田中さんの演技があったからだ。あの静かに燃えたぎるような自分の開放感は、彼らが完璧な演技で場に臨んだからこそ出てきたものである、と思っている。
終盤の、両手両足をガムテープでふん縛られたまま舞台に横たわる東野と目があった時、自然とお互いに笑みがこぼれた。何なんだろうなあ、あの感じ。敵対する者同士が認め合ってしまうような、共感を感じてしまうようなそんな雰囲気。それまでの暴力的な気持ちとは裏腹にとても穏やかで、何であれば充足感さえ感じるあの空気。あの瞬間は紛れもなく僕と東野の二人きりの瞬間だった、と思う。演劇公演だろうが何だろうが関係ない、そんな空気の中にいた。ちょっと得難い経験だった。
かしやま君、最初から最後まで力を貸してくれて有難う。力の貸し借りを約束して始まった関係だけれども、正直僕は随分と借り過ぎた気がしています。これから返していくのでね。
こんな素敵なチームで、今回の演劇公演「それでも人生はすばらしい」は作られた。
そして忘れちゃいけない、最後の一要素。
新栄CLUB ROCK’N’ROLL。
あの場があったのは、紛れもなくあのライブハウスだったからで、当日の通し稽古の際痛感したのは「ここでやる事によって、今回の演劇公演、最後のワンピースが埋まったな」という事だった。そりゃそうだよな、あそこでやる事を想像してニヤニヤしながら書いた脚本だもの。
本多さん、井藤さん、そして新栄CLUB ROCK’N’ROLL、本当に有難うございます。今までも、そしてこれからもずっと僕の素敵な遊び場です。これからも面白い事を、空間を時間を重ねていく事を約束します。
僕の人生はすばらしい。大いにすばらしい。
面白い事をやる、という明確なる目標とそれに邁進する意志、そして身近に面白い人間と場所があるからだ。
そりゃあそのためにはちょっとした対価は必要だったりするし、リスクも必要だろう。ひょっとすると、大いに失敗するかもしれない。
それでも、人生はすばらしい。
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