ほろ酔い記

兎に角、酔っ払っていた。

フラフラと灯りに引き寄せられれるように入店したコンビニエンスストアは、明け方4時過ぎという事もあってか随分と閑散としていた。深夜のコンビニエンスストアの店内放送というのは、どうしてああも物悲しいのだろう。命果てる直前の蝉の声と同じような風合いでさえある。

籠にカロリーオフ気味のアルコール飲料と、ゴボウサラダに駄菓子を放り込んだのは幾分かの良心の呵責があったからだ、と考える。幾分かのアルコールを摂取していたとて、流石にそこまで理性は失っていないらしい。こういう注意深さが好き勝手に飲食を楽しみながらも、4kg痩せた事に貢献していた、と僕は信じているからだ。

レジまで籠を運んでいき、店員氏がレジを通し終わるまで待たねばならなかった。ゴボウサラダはパック式のもので、僕はそのパックを引き裂いて直接その中に箸を突っ込んで食べる方法を検討していた。食器を汚さないように、とかではなく、何とはなしにその方がワイルドな行為に思われたからだ。店員氏がバックヤードからやって来たので、箸を所望する。

「はい?」

アルコールの影響か、気がつけば随分とゴニョゴニョ喋っていたらしい。僕の注文が聞こえなかったのか聞き返す店員氏。

「あの、箸を一膳つけて下さい」

「はい」

そこで初めて店員氏の顔を見た。・・・見覚えのある男だ。反射的に名札を見る。

そこに記されていたのは、おお、紛れもない小学校の同級生。道理で見覚えのあるはずだ。彼はそのひょうきんさで学年の中でも異彩を放っていたのだから。

声をかけたのは、断言しよう、アルコールを摂取していたからだ。普段の僕なら気まずくて声をかけられようもない。明け方4時半にコンビニにやって来る男は、飲酒していようがいまいが昼夜逆転型と相場が決まっている。自分の生活リズムを知られる事に、何かしらの抵抗があるはずだった。

「○○○君じゃないか」

「・・・おお」

「舟橋だよ、ホラ、小学校が同じだった」

相手が誰か思い出そうとする表情を見る事より、先に名乗ってしまう事を選んだ僕は臆病者だろうか?

「あれだろ、△△△の交差点近くに住んでる。憶えてる憶えてる」

どうやら我が旧友は僕の事を憶えていたらしい。心配は杞憂に終わった。

それから彼が僕の買った相応の量の駄菓子、アルコール飲料、ゴボウサラダをレジに通す間、彼の勤務時間や自分が酒気を帯びている話等、した。彼は早朝勤務で、4時から9時の間の契約だそうだ。彼もまた、昼夜が逆転した人間のようだった。

「朝帰り、とは言っても辺りはまだ暗いし、気をつけて帰りなよ」

「有難う。また来るね」

そう言いながら、内心驚いていた。話し口調といい、その態度といい、幼い頃の彼からは想像もつかない姿だったからだ。小学生の頃のお調子者のまま、彼の像が止まっている。僕が年齢を重ねたように彼もまた、年齢を重ねたのだ。月日の流れと、嬉しい再会だった。最初の一回で声をかけられれば大丈夫。ひょっとしたら一緒に飲みに行ったりするのも、面白いかもしれない。在り得るかもしれないが、想像で終わってしまいそうな妄想にニヤつきながら帰宅した。

皆様方よ、果たして彼は変わって等いなかったのだ。彼はお調子者で、ユニークで、そしておっちょこちょいのままだったのだ。

・・・箸が、入っていなかった。

コメント

  1. シラカミ より:

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    心が和んで、少し涙が出ました。

  2. 舟橋孝裕 より:

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    >シラカミさん
    有難うございます。
    明け方の、ふとした一幕でした。