僕が雑貨屋でアルバイトをしつつ学生をやっていた頃の話である。
「学生である」という事が付属品であるという認識からもわかるように、僕はほとんど大学には行かなかった。大学というシステムは学業に無気力な者には本当にありがたいシステムで、どれだけ講義に顔を出さなくても自称・気のいい友人達以外は誰も何も言わない。それはつまり、気がつけば落伍者になっているという事。
僕はいつ確定するかもわからない留年という現実を漠然と眺めつつ、夜に眠りに就こうと布団に入ると「このままでは自分はどうにもならないし、将来はろくでもない人間になってしまうのではないか」と考え一人焦った。だがそんな一見誠実な学生然とした焦燥感も翌朝目を覚ますと寝ている間にどこかに置き忘れたのか僕は前夜の焦り等どこ吹く風、生きてさえいればどうにでもなると自分に言い聞かせるでもなくごく自然に帰結し、やはり大学には行かないのだ。僕がそういった将来をそれなりに考えようとする姿勢を眠っている間にどこかに置き忘れたのであれば、それはきっと寝床でしかない。僕は不幸な事に夢遊病患者でなかったし、いくら物忘れをするとは言っても夜中に起きだしてどこかへ行った事くらいは憶えていられたのだから。
だから、僕はほんの少しの安定と安堵感を毎晩毎晩寝床の中で囲っていた事になるのだ。説明に大きく時間を費やしてしまった。そう、とにかく、そんな頃だった。
当時、付き合っている女性がいた。彼女は恐ろしく色白で、およそ生命力というもの、生きとし生ける者全てが有するであろう生への執着というものが希薄であるような印象を人に与えた。自殺を仄めかすでもなく、自傷行為に耽るでもなく、彼女はただそこにいるだけで見る人に「コイツはふと目をはなした隙にどこかへ行くか、死んでしまうのではないだろうか」という印象を与えた。
そういった印象は儚さへ繋がり、一部の男子大学生にとって儚さとは私小説の行間からたちのぼる耽美なイメージであったり、共に墜落していく、一線を越える、超越的に荒唐無稽な行いをする等の共感を求める自己破壊の対象であったり、もしくは単純な庇護欲求の対象であったりする。つまり噛み砕いて言えば彼女はモテた。
だけども彼女と交際しているのがキャンパス内でも有名な変人奇人不気味な存在の僕であったので、男子学生諸君は僕に下卑た笑いとともに彼女との関係を追及するでもなく、ただただ静観するしかなかったようだ。
たまに勇猛果敢な一部諸兄が僕という存在を踏まえたうえで彼女に言い寄っているのを目にしたが、彼女はそれらの求めは全てはねつけているらしかった。
ある時は冷然としたその眼差しで。またある時は有無を言わさぬ拒絶の態度で。
彼女は僕の前では恋する乙女然とした態度はとらなかったし、言葉も非常に少なく、ただ僕の気まぐれな求めに応じるだけの自動人形のようですらあったのだが、とにかくそういった他の男性を受け入れない姿勢こそがどうやら彼女の愛情表現であったようなのだ。
そんな彼女とのあれは確かきっと83回目のSEXの後の事だ。
彼女と僕は火照った体を一つのベッドに共に投げ出して(僕らの間では性交後の蜜のような時間はほとんどなかった。彼女がそれを好まなかったので。大概の事は許容する彼女も性交後に体を重ねるのだけは許してくれなかった)うとうととまどろんでいた。
ねえ。私がどこかへ行ってしまったらどうするの。
彼女がぼそりと呟いた。その口調は愛情表現を誘発させるための口上でもなく、自暴自棄に陥った人間がそうするような自己卑下でもなく、純粋にわからないから問うている、というようなそんな口調だった。
雑貨屋を継ぐとするよ。
大した感慨も込められていなかった僕の言葉でも、彼女はとりあえずの回答として満足した様子。そのまま切れ長の目を閉じた。これ以上何かを言ってきたり問いかけてくる気配はなさそうだった。
僕はと言うとその質問の真意を理解できないまま、ゆっくりと少しずつ眠りの中へ沈み込んでいった。意識が暗転する直前、ふと水滴がトタン板に垂れた時のようなトチャンという音を聞いた気が、した。
彼女が死んだのは、僕らが85回目に体を重ねたラブホテルからの帰り道だったようだ。かねてからしつこく彼女に言い寄っている男が同じキャンパス内にいるらしい、という噂は僕の数少ない友人、九十九から聞いていたのだけれど、犯人はどうやら彼らしかった。恐らく彼は僕と彼女が体を重ねた回数以上に彼女に求愛をしたのだろう。ともすれば彼の彼女に対する感情には、僕や他の男とは違った真に迫るものがあったかもしれないし、彼女を一番求めていたのは間違いなく彼だっただろう、というのは容易に想像がついた。
僕と彼女が体を重ねる度にお互いに距離を広げていったのに対し、彼は彼女に求愛し、拒絶する度に焦燥感と絶望を感じていたのだろう。彼の感情も同じ男であるし、日陰者の僕には理解できないでもない。だが彼のとった行動の結末、彼が成し遂げた成果には賛同しかねた。寧ろ、僕は参ってしまった。
それからは心のどこかが妙に無感動になってしまったようで、それでいてふとした弾みでタガが外れるようになってしまった。九十九に言わせると「以前より俗っぽくなった」らしいのだが、それが僕なりの悲しみへの対抗手段なのかは判断できなかった。僕は絶望に瀕して世の無常さ、残酷さを恨みもしなかったし、亡き彼女の情景、そして彼女の問いにセンチメンタリズムや渇望を感じるでもなく、ただ打ちのめされ、変容してしまったのだった。
君の気持ちは、わかる。
数ヶ月の後、僕は彼にそう告げた。恐らく、彼女に対して人と共有できるものがあるとすればそれはきっと僕達だけではないのだろうか。お互い立場は違えども、そして彼女に対する切り口は違えども、彼女に対して自分自身の中に居場所を空けていたという意味ではきっと僕と君程誠実に彼女に対して接した人間は他にはいないぜ。
僕と君は彼女に対して誠実に不道徳であり続けたんだ。それって、凄い事じゃあないか?人の顔色を伺って態度を変える人間は沢山いるし、僕には彼らを攻める権利もなければ攻める気力もないけれどね。その点では僕らは自分の意思を貫いて『しまった』。
彼は僕と彼を遮断するものの向こうから答えた。
だがその返答は僕の頭の中で最近たまに鳴りだすザワザワという音で掻き消されてしまったのだった。
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