「他人に対して無条件で悪意を感じる人間がいると思うかい?」
「無条件で?そんなの、お目にかかった事がないね」
「じゃあ僕は光栄に思うね。はじめまして、僕はそんな人間です」
「君がかい?とてもそんな風には見えないけれど」
「実はそうなんだよ。僕は他人に対して無条件で、何の理由もなく悪意を抱くばかりかそれを行使出来るのだ」
「それは穏やかじゃあない」
「けれども、本当にそうなんだよ。僕は他人に対して悪意を振りかざす事に悦びを感じるのだ」
「悪意を振りかざす?」
「そう、例えば仲の良い有人にある日突然悪意を持って接するのだ。そいつを苦しめるような事をするのだよ」
「何でそんな真似を」
「だから理由なんてないんだよ。強いて言えば、それが愉しいのだ」
「愉しい?他人に悪意を振りかざす事がかい?」
「ああ。他人を不幸にするのが愉しくてたまらないのだ」
「何か辛い事でもあったのかい?僕で良ければ力になるぜ」
「結構。君からの友情は実に明瞭に伝わってくるし、僕自身それに助けられているところは少なからずある」
「では、何故」
「高校時代の事だった。クラスメートのAという男子がBという女子を好きだったのだ」
「まあ、色恋はつきものだよな」
「うん。で、AはそれをCに相談した。Cは相談に乗っていた。けれどもある日、CとBが付き合いだしたのだ」
「ありがちだね」
「ありがちな話だよ。CとBを無念そうに、悔しそうに眺めるA。そんなAを見ていて思ったのだ。BとCの幸福はAを踏み台にして成立している、と」
「恋敵のいる恋愛なんざそんなものだよ」
「けれどもCはAの寝首を掻いたのだ。Aを不幸にして、Cは自らの幸福を手にしたのだよ」
「漱石にそんな話があったような」
「厳密に言えば、違うがね。で、僕は考えた。経済でも誰かが得をすれば誰かが損をする。徒競走でも誰かが一番になれば誰かがびりっけつになる」
「ふむ」
「見知らぬ女性が、これまた見知らぬ男性と交際すれば独り者の女性が一人減るわけで、これは巡り巡って僕に交際相手が出来る可能性が幾分か、僅かだろうが減るという事だ」
「まあ、数字の上ではそうかもね」
「つまり、世の中には幸福は絶対量しかないのだ。皆、その絶対量の幸福を知らず知らずの間に奪い合って生きているのだ」
「過激な考え方だね」
「僕は考えたね。ではその絶対量の幸福を手にするにはどうすればいいか。・・・そうだ、他人を不幸にしたらどうだろう。そうすれば自分に幸福が巡ってくる可能性が跳ね上がるのではないか。僕は実験を開始した」
「実験?」
「幸福の絶対量理論を実証する実験さ。身近な人間を次々と不幸にしていく、ただそれだけだよ」
「不幸にするって、どうやって」
「僕がやったのはこんな感じだ。親友が僕に“誰それが好きだ”と相談を持ちかけてきたとする。すると僕はさもそいつの相談相手になったかのように振舞いながら、そいつより先にそいつの好きな女を手篭めにしてしまうんだ。で、それを親友自身に報告する」
「悪趣味だな、特に最後のくだり」
「怒りと悲しみと嫉妬に狂う親友を目の当たりにして、快感が体を駆け巡ったよ。そう、他人を不幸にする事によって幸せが手に入るかどうか検証するはずだったのだが、気がつけば他人を不幸にする行為そのものが自分の幸福になっていたのだ」
「手段のために目的を見失ったんじゃないかな、それ」
「目的を見失ったわけではなく、手段が目的に成り代わったのだ。それからの僕というのは水を得た魚のようだった。学校という社会の中で、僕は表向きは社交的な人間を装いつつも―実際僕は人好きのする奴だったと思う―、その実は本懐を悟られぬように実験を続けていた。友人同士の諍いも元を辿れば僕が助長したものだったし、相談を持ちかけてきた友人がいればあたかも本人自身がそれを選択したかのように人間的には堕落した方向へと誘導した」
「俄かには信じ難い話だね。周囲からは咎められたりはしなかったのかい」
「全くしなかった。というのも先程も言ったように僕はあくまでもそれが僕の仕業だと気付かれぬように物事に介在していたから」
「ああ、事実は理解出来たけれども、共感出来ないな」
「信じ難い話だろうけれども本当なのだよ。この世の中には、兎角何をされたわけでもないなのに己の欲求に起因する悪意を他人に対して抱く人間が存在するのだ」
コメント
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自然に聞き手が舟橋くんだと思ってしまうのは普段の舟橋くんの行いゆえだろう、しかし本当は…
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>びんろさん
僕は書き手だよww