疑似「一戸建で一人暮らし」

僕の両親は年に一度程の頻度で一週間の海外旅行に出掛ける。

日頃家の内外でそれぞれ働いている父と母が思い切り羽を伸ばして遊ぶ数少ない機会なので、僕はその間相応の注意をもって留守を預かる事になる。心配症の母(僕も多分にその性分を受け継いでいる)は冷蔵庫に注意事項、例えば戸締まりをしっかりする事、火の元に気をつける事等、一週間の間僕が死守すべき事を書き出して貼っていく。

料理ができない(情けない話だが、白米を炊こうとして失敗した事すらある)僕のためにレンジで温めるだけのパックご飯にお湯を注ぐだけのカップうどんと手間をかけずに食べれる食料も大量に買い込んでくれるのが常である。

今年の行き先はオーストラリアのようで、父と母は今朝方出発した。
僕はと言えば一週間続く擬似的な一人暮らし状態に思いを馳せていた。
普段は三人で暮らしている一階部分(二階には兄夫婦が住んでいるが、僕には構わなくて良いと伝えてあるらしい)で一週間独りきりで生活するのだ。少しワクワクする。精々規則正しい生活を送ろう。なあに、一週間なら余裕で過ごせるさ。
そんな風に楽観的に構えていたのだが。

バイト中に携帯電話が振動、着信を告げた。ディスプレイを見ると「通知不可」と表示されている。見慣れぬ表示に戸惑いながらも通話ボタンを押すと父の声が聞こえてきた。

「今香港で飛行機の乗り換え待ちなんだが、母さんの体調が良くない。どうやら乗り物酔いの酷い奴になってしまったようだ。こんな具合ではオーストラリアまで行ける自信がないから明日帰国する」

あんなに楽しみにしていたオーストラリア旅行を現地に着く前から切り上げるのだ、余程具合が良くないのだろう。
無理すべきだ、なんて口にできるわけもない。
詳しい話を聞いて通話終了。

こうして僕の疑似「一人暮らし」はものの一日で終わりを告げたのであった。

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