自戒。

fa8be256.JPG最近、一個人としては兎も角、表現者としては不健康な時間を過ごしてきたように思う。

これも結果的に言える事であって、その時その時というのは可能な限り前向きに、健康的で、そして全力ではあったのだがやはり判断力と構成力の不足という観点では不健康であったという事は否めない。最悪なのはそれが、ここ一番という時にこそ陥りがちだったという事である。

バンドメンバーは既に見抜いていると思う、否、確信しているのだが僕という人間は一個人としてもそしてまた表現者としてもプライドが高い。最低限ではなく、人に訴えかける表現というものには相応のプライド、自信、確信、決定力が必要だと信仰しているのだが、仮にそれが絶対たる真理であったとしたとしてもここ最近の自分の精神というのは一体何故ここまで、というくらい不必要に肥大したプライドに振り回されていた、と断言できる。

それは何において、どの瞬間にと明言できるものではない。だが議論のふとした弾みに感じる感じ方、そして発言を突き動かす根本にあるもの、表現の仕方、全ての根底に確実にそれは影響を及ぼしていた。一体全体どこの世界に美しくない自意識の塊で動かされる民主主義の表現集団が存在するというのだろうか。
さらに悪質なのはこのブログの投稿者が、議論という場においては場の空気をそれ相応に読んで発言するという事である。これはそのままその醜い自尊心が顕在化しづらいと言い換える事ができる。
そもそもが表現者の集団、それぞれがそれぞれの発想、美意識を有する人間の集合体としてのバンドにおいては自分の意識を貫き通すという事にさほど意味はない。勿論一表現者がその表現者足らしめる根底の部分(それは感性に関する部分、とでも言えるだろうか)に関しては貫ききらないにしろ強調する事が望ましいし、主張は必要であろう。だがその結果が他の発想を阻害する結果になり得るのならばその主張は「支配」ではなく「主張」で留めておくべきなのである。

根本的に自分達自身が癖のある(悪い表現を敢えてするのならば共同作業の相手を選ばざるを得ない)人間が集まっているバンドだと自認しているのならば、僕は議題進行役としてその場に存在する以上、感情移入を必要以上にしない方が良いのだ。
良い、と断言しないまでも最近の僕の取り組み方は過ちだったと感じている。
一呼吸おいて冷静に考えれば現状でももっと円滑、そして何より僕自身が自分を恥じない携わり方ができただろうに、と思う。

まあ、あれだ。これぐらい書いておけば僕自身、これを自戒として今後はもう少し建設的に介在する事ができるだろう、と考えている。

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