近所の定食屋。

四国に接近している台風20号の影響で東海地方も天候が乱れている。
そんな中、朝一番に「今日は定時で帰ろうな!」と皆で盛り上がったにも関わらずついつい盛り上がってしまい仕事を終えるのが遅くなってしまった。自宅最寄りの市営地下鉄の駅から地上に上がると細かい雨が降っている。傘をさすという行為はどうにも億劫だもんだから通勤鞄の中には折り畳み傘が入ってはいたのだがそのまま足を踏み出してしまった。
台風接近による荒れ模様の中での帰路というリスクを冒してまで仕事に打ち込んだせいだろうか、腹がいつもより減っていた。今夜は外食と決めている。妻は出産を控えて実家に帰っている最中だ、男一人の自由気ままな夕食、こんな夜は自炊(とは言ったものの簡単に冷凍食品で済ましてしまいがちである)ではなく外食したいという腹積もりだった。
6月に引っ越してきてからというもの、僕にしては珍しく近所での外食はあまりしていなかった。自宅付近に小気味良い定食屋や中華料理屋が店を構えているのはリサーチ済だ。今夜はその中の一軒に突撃する事にした。

蒸す中、ビジネスシャツが肌にへばりついて気持ち悪い。特に首回り。食事を済ませて家に帰ったらとっととシャツを脱ぎ捨てよう、そんな事を思いながら歩みを進める。
よし、ここだ。
近所の定食屋、その中の一軒。表から中の様子が窺え、他にも客が何組かいた事が背中を押してくれた。初めての店に入るには幾分か勇気が必要となる。
「いらっしゃーーい!」
近所の定食屋、それも人通りが少ない路地の定食屋で夜の8時過ぎだというのにその印象を覆すような明るい声が迎えてくれた。
厨房の中で女将さんが明るい声をかけてくれる。もうこれだけでこの店が美味いのは約束されたようなものだ。

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適当な席につきながら周りをぐるりと眺める。手書きのメニューが壁に貼ってあり値段も手頃。他の客は3組。もう食事を終えつつあるサラリーマン然とした男と学生だろうか、若者二人にカレーライスを静かに食べるこれまた若者。そういえばこの辺りは学生街のはずれだったな、と思い返す。
カレーには呼び水のような効果がある。学生さんが食べている結構な分量のカレーライス、見ただけでついつい自分もカレーライスを頼みそうになる。落ち着け、決めるにはまだ早い。
今夜は定食方面に心が動いたのでメニューを眺め、定食の方向で探っていく。唐揚げ定食にミックスフライ定食に味噌煮込みうどん定食、お、夜定なんてのもあるのか。
「すいみません、ミックスフライ定食一つ下さい」
ミックスフライ、という言葉のお得感にヤラレてしまった。

落ち着いて、改めて店内の様子を眺める。厨房はそのまま返却口となっており、見ると張り紙で「食べ終えた食器は返却口へお持ち下さい!」と謳ってある。「!」によってちょっと怒っている、語気が強い印象を受けるが女将さんの様子から特段そんなつもりはないのだろう、シンプルに強調しているだけなんだろうな、と理解出来る。他にも「味噌汁はおかわり一杯まで自由、セルフサービス」と張り紙がある。味噌汁のおかわりが出来るなんてちょっとお得感が凄い。
程無くしてミックスフライ定食が運ばれてきた。

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「味噌汁と漬物はセルフでお願いします」
運んできてくれた旦那さんが言う。見ると店の片隅に電気ジャーが据えられており、成程、そこでセルフで注ぐ形式のようだ。何だか、妙に楽しいじゃないか。つい楽しくなって味噌汁をお椀一杯、漬物も山盛りにしてしまった。
味噌汁は実家の味噌汁然とした、恐らくは先程の女将さんだろう、しっかりと手作り感があってそれだけで妙に落ち着くものがあった。
「いただきます」
ご飯は大盛+100円、大盛にしようか一瞬迷ったけれども並良かった、結構あるぞこれ。遠慮容赦なくかき込んでもまだ余りそうだ。学生さんが食べに来るからそういう仕様なのかもしれない。チキンカツはサクッと揚がっており男の子なら皆大好きな味。タルタルソース付きの白身魚のフライも申し分なし。そして目玉焼きは嬉しい事に双子である。目玉焼きの中央がこんもりと盛り上がっているのは下にドレッシングがかかったキャベツの千切りが隠れているからであった。
あと小鉢に鶏皮の和え物。全部キッチリと旨い。どこか懐かしい旨さだった。
それぞれの味を確かめると、あとはもう一心不乱。ガンガンと食べ進める。
ゆっくり食べようゆっくり食べようと思ってもついつい早食いになってしまう。幼少期に兄弟におかずを奪われた事がきっかけで早食いになった、とかそういうのではない。旨い飯は箸が進む、というシンプルな理由だ。

10分程で平らげて、お会計をして店を出た。
入店前よりしっかり雨が降り始めていた。早歩きで帰路につく。
近所に良い店を見つけた。こういう店を一軒知っているかいないかで地域に対する愛着も変わってくるはずだ。

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