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高校時代の思い出といえば埃っぽい文芸部室とクラスという集団にすら混じれずに、いつも節目がちに世界を窺っていた自分、そして僕が卑屈に見上げる事しかできなかった世界を一足飛びに飛び越えた彼女の事に尽きる。

少中高と名前と規模、そして教育内容が跳ね上がっていく中、僕の周囲への不和は比例して大きくなり、反比例して自分は萎縮していった。幼い頃には共に表を駆け回った友人達も、彼らの興味の対象が戦隊ごっこからサッカー野球に切り替わる時に袂をわかち、チームという最小単位の集団にすら引け目を感じた僕は活字が誘う空想の世界に居場所を見出だした。生来の引っ込み思案には磨きがかかり、僕の社交性は年を重ねる毎に失われていった。そうこうしている間に数少なかった友人達も一人、また一人と僕から離れ、高校に進学する頃には僕は同世代のコミュニティから完全に孤立してしまっていた。僕は作家が書き下ろしたエッセイを通じて青春の甘酸っぱさを知り、小説家が作り上げた架空の世界に胸を踊らせた。世間一般で思春期といわれる頃から、僕は読むばかりでなく書く事にも手を伸ばし始め、自分で作り上げた世界は僕の逃避行の行く先となっていた。

そんな僕だったので高校での部活動は迷う事なく文芸部を選択した。或いは同好の士と親睦を深める事ができるかもしれない。そんな淡い期待をのせて寡黙で年老いた国語教師に入部届を提出したのだ。

文芸部がサッカーに興じたり演劇をするわけがない。そうたかをくくっていた僕は文芸部の活動を見学する事もせず、そしてろくに説明も聞かずに文芸部員になったわけなのだった。結果的に僕の目論見はまんまと外れた事になる。文芸部に同好の士はいなかった。というかそもそも文芸部員自体が組織らしい組織ではなかった。文芸部は部長以下僕一名、端から端まで数えても総数2名の部活だったのである。

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