不完全BR

22a5ee66.JPG「畜生、腹減ったな…」
神田佑介(男子2番)は外を伺いながらそうひとりごちた。彼が潜伏しているプレハブには気持ち程度の窓が設けられていたが、その窓からはプレハブ北側が一望できた。ひらけた工事現場の南側は切り立った急斜面になっており、そちら側から他の参加者が急襲してくる事は考えづらい。佑介を襲うには必然的に北側から攻めるしかなく、そんな北側に面した窓は見張りにはうってつけだった。

このイカれたゲームを企画した政府(あの麻異憲一と名乗ったスパゲッティヘアーの担当教官の言葉をふっと思い出した。「この国はすっかり駄目になっちまったぜぇ」なるほど、この国の駄目っぷりは政府が体現している)から支給されたバッグの中にはやたらとパサついたパン、水の入ったペットボトル二本、このプログラム会場の地図、コンパス、そして今もしっかりと佑介の両手に握られているSPAS12ライアットガンが入っていた。この重厚なショットガンは武器としては当たりの部類に入るだろうし(当然だ。舟橋孝裕(男子3番)の武器が注射器だった事を考えれば大当たりと言ってもいい)、プログラム開始以降銃声を聞いた記憶はなかった事を考えても、ともすれば本プログラムで支給された武器の中では唯一の銃火器かもしれず、それは「優勝」という二文字を想起させるには十分だった。
だが佑介が「籠城」を選んだのはひとえに彼の慎重さによる。無駄に歩き回って体力を消耗したり、隙をつかれるよりは現在地点が禁止エリアにになるまでは体力を温存すべきだと彼は考えたのだった。
夜の闇の中では感覚が鋭敏になる。気のせいだろうか、何かが視界の隅で動いた気がする。皮膚がざわざわと泡立つ感覚。よく目をこらした。よく、見ろ。よく、見ろ。よく、見ろ。

…何も、誰もいない。緊張がとけた弾みで、佑介自身意識せずに溜め息が出た。真冬の寒い季節だというのに脇の下に嫌な汗をかいていた。
「やあ神田くん!」
突然プレハブの扉を開けて何者かが飛び込んで来、佑介に向かって飛び掛かった。
散々イメージトレーニングを重ねた甲斐あってか、瞬間的に恐慌状態に陥りながらも佑介の肉体はその義務を果たした。影に向かって銃口を向け、引き金を弾く。
闇が支配する真っ暗なプレハブにズガンという銃声(いやいや、参った。こんなに大きな音がするなんて!)が響き、佑介の視界が一瞬真っ白になる。

それきりパタリとも音はせず、佑介は視覚が再び暗順応するのを待った。

舟橋孝裕(男子3番)が大の字に倒れている。体は資金距離から散弾をくらったせいか、ズタズタになっていた。それはまるで、路上に放置された動物の死骸のようだったのだけれども、事実「死んでいる」点では両者の間に何ら違いはなかった。

咄嗟の事とは言え、俺は人を殺してしまった!覚悟はしたものの(そう、覚悟完了!って奴だそれは)、実際に友人を殺してしまった事実に佑介は動揺した。
彼は、バッグを引っ掴むとプレハブから駆け出した。勿論その手には未だにSPAS12がしっかりと握られていた。

佑介が駆け出した数分の後、孝裕の死体に異変が生じた。体が小刻みに痙攣し、両の目が開いた。白眼だった部分は真っ赤に染まっており、瞳孔の具合も猛禽類のそれに酷似していた。

舟橋孝裕(男子3番)。支給武器、Gウイルス。
神田佑介の決死の脱出劇はまだ始まったばかりだった。

I still alive…

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