憤怒。

認めるのも恐ろしい事だが、この地球上には存在自体が表現物、意識せずとも芸術的な存在となり得る人間が存在する。

何かを創ろう、表現しようとせずともひとたびその人間が話せばそれは耳に心地良い音楽になり得るし、話の内容はユニーク極まりなく人に伝えるのが嬉しくてたまらないようなトピックになり得る。
その人間が道に佇んでいるのを写真に撮るだけでいっぱしのポートレートになり得るし、しかもその写真は時間の経過や日常の喧騒、我々の生活に付き纏う現実的な諸問題からかけ離れた雰囲気を醸し出すのだ。

生まれながらの表現者、そして性質の悪い事にそういう人種は恐らく、そのほとんどが自分自身がそういった人間である事に無自覚なのだ。

・・・この事実は僕をひどく動揺させる。狼狽させる。

彼らは無自覚であるが故にそうで在るのか、或いはそんな疑問すら取り合わない程次元が違う位置に存在しているのか。極めて積極的かつ肯定的な見方をすれば、人間は一人一人が自立した(自立させられた)存在であり、まさしく十人十色。
言い換えればその一つ一つが表現物であるとも言える。彼らがそうであるように僕も貴方もそうである、とも言えるのだ。

つまり、僕は、そんな人間自体が羨ましいだけなんだね。

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