頻繁に腹痛に見舞われる。腹痛が襲ってくるタイミングに一定の条件があるのに気付いたのは高校二年生の頃だ。
ストレスが溜まったり、緊張すると下痢を伴う腹痛を感じる。そんな症状と長く長く付き合ってきた。
過敏性腸症候群、という病名がついているのを知り、腹痛自体に理解を深めると同時に頻度が増した。
「あ~緊張してるなあ。症状出たらどうしよう」という緊張。それによる腹痛。下痢。そんな流れを経験するうちに一連の流れはループするようになる。悪循環、だ。
かかりつけの医者に行った。「副交感神経の異常が引き起こすものだからこれを飲んでおさえておいて」と渡された錠剤。どうやら「緊張する→神経伝達の異常発生→消化器官を活性化させる信号が送られる→下痢」という流れの中の二つ目の矢印を和らげ、ストップさせるらしい。
生理的に効果があったかは定かでないが、「薬を飲んだから大丈夫」というプラシーボ効果は多いにあったようで通学時間は手渡された錠剤に大いに助けられた。
端から見ると冗談のような症状だったに違いない。毎週決まった時間に下痢をするのだから。だが無理もないのだ。体育が好きではなかった僕は体育の前の数学の時間、公式と数字の世界の中で迫り来る運動に対して密かに緊張していたのだから。
数学教師はそんな僕の理解者で、授業中だろうが無許可でトイレへ行っていいと宣言していた。お陰で僕はお約束のように毎週木曜の数学の時間にはふらりとトイレへ行っていた。
個室で排便すると腹痛自体はおさまるのだが、決まって惨めな思いに駆られたのを憶えている。
臨床心理学への好奇心と、養護教諭の薦めで某大学院内の心理臨床相談室へ通いだした。その頃にはもう、腹痛と下痢の原因は精神的なものだと確信していたので。通学もままならないようでは日常生活に支障をきたす。どうしても治さねばならなかった。
毎週土曜の午前中に行われるカウンセリングは僕の一週間の楽しみの一つとなった。いい気なもので、大学院生の女性と密室で過ごす50分間は、当初の目的が霞む程刺激的だったのでる。彼女からすると放っておいても喋りまくる僕は随分と楽な来談者だったのではないだろうか。
だが臨床心理学への好奇心から色々な種類の臨床検査をせがむ僕はさだめし厄介な来談者でもあっただろう。
何はともあれ、大学へ入学する時分には過敏性腸症候群は随分とおとなしくなっていた。今では「ああ、お腹弱いなあ」と思う程度。それプラス新陳代謝の良さも手伝ってか、なかなか太らない体質であるのは感謝すべきなのかは定かではないが、とりあえずの安息を僕の腹は得たのだった。
それでも今夜は、焼肉を食べた後に漏らしそうな程の排便への欲求をMY BLOODY VALENTINEを聴いて誤魔化しながら帰宅せねばならなかった。
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