6月20日、この日をずっと楽しみにしていた。
以前吹上鑪ら場で「パイプカツトマミヰズは演奏可能なのか」という話をPA/ブッキングのいさみ君としていて彼ってば心優しい上に挑戦意欲もあるもんだから「じゃあ実際にここで試してみましょうよ」という事で休日のお昼から楽器を持ち込んで実験をした事があった。音量制限がある(低音は壁を伝わって同じ建物に伝わるのでいくら鑪ら場が地下とはいえ、やはりそこは気を遣う箇所である)鑪ら場にて爆音ジャンキーってわけではないけれども基本的に足し算の発想でアンサンブルを構築してきた我々が果たして演奏可能(=演奏をモチベーションとテクニカル的な両側面から可能なものにするだけの音量が許容されるのか)なのかどうかいざ実験、と相成ったわけだ。果たしてその日の実験は成功に終わり「じゃあまたお誘いしますね」という事で我々は鑪ら場と我々の都合が合致する日を待っていたのだった。
鑪ら場から頂いたブッキングのお誘いは、蓋を開ける前からうっすら感じていたけれどもいざ開けてみても最高だった。
やまだ(牧師に鯛 いつの間にか宮地君、改名してた)、ジェット達、そして東京より盟友 高野京介!
これで面白くないわけないだろう、ってなもんだ。思わず口をついて出た言葉はもっと過激だったし誤解を生みそうだったけれどもどうかこの幾分かソフトリーにした表現からもその時の僕の心情をお察し下さいネ。
やまだ君=宮地君、僕はこの日以来彼と次に一緒にやる日を楽しみにしていて(だから当然「やまだ...?宮地君じゃなくて?」みたいな困惑も当然一瞬あったわよ笑)、それくらい前彼と話した話がインパクト絶大でじゃあ次やる時は大きく出てしまった以上納得させるような「大人気ない」演奏をきっちりとお見せしようと、内心グツグツとしていたわけなんだけれども。
開演前から明らかにソワソワして緊張した様子のやまだ君=宮地君、絶対そんなに緊張しててもいざ始まったらもってくんだろうなって思ってたらやっぱりもってってくれた。
弾き語りだと彼のパーソナルな部分が前面に出て、ここでは個人情報保護の観点からも詳細を書くのを控えさせて頂きますが、彼がMCで話した彼の最近の恋愛事情、そしてそれに対する彼のアンサーソングがたまらなかったんですよ。
ホッコリしちゃような彼の朴訥とした人柄と、だけれどもそれだけではないもっと奥底の部分というか言葉に出来ない部分を音楽にのせる事でやっと言葉に出来たんだろうなっていうのが明らかな音楽と、ああ凄い切れ味の男だなコイツはっていうのが出てて。
実際その後僕を含め全出演者が彼の事についてライブ中に言及していたのがその証明となろう。
次はバンドでご一緒出来るので楽しみです。
二番手は僕達。
この日もトリプルギター編成で臨む。鑪ら場史上恐らくは最大音量を叩き出したのだろうけれども、幸いな事に苦情は終演後も来なかったようで一安心である。
演奏内容はといえばトリプルギターの妙味というか、ボランティアメンバー柴田めぐみ君(元メンバー)と鈴木君(studio penne)の演奏内容の棲み分けと役割分担が明確になってきた事で(多分柴田君は意図していない、ナイスな天然だから。鈴木君は自覚的、ユニークな真面目さだから)バンドとして有機的になってきたんじゃないかと思える。ただ人が入れ替わってアンサンブルとして音の数を補充しましたよっていう感じじゃなくてこの5人で作るパイプカツトマミヰズ、の片鱗みたいなものはチラッと見えたのではないだろうかとか思ったり、同時にご覧になられた方の「演奏陣の顔ぶれが入れ替わってもバンドとして変わらないのは良かった」みたいなお言葉にしめしめとほくそ笑んだりと、やっぱり挑戦って面白いなって感じている。
だけどもどこかまだ良い意味で悪い意味でも混沌としているようで、エネルギーをきっともてあましているんだこの5人は。きっときっと。
あとね、横浜から高野君を観に来られたお客様から「2年前から物販の内容が変わっていない!笑」とご指摘頂戴しまして「まじかよ」と思ってこのバンドとも長い付き合いの九鬼君(○○とご飯制作委員会)に確認したら「そんなもんじゃきかないですよ、多分4年くらい同じですよ、物販内容」って言われて、そこで初めて気が付いたのね、僕達4年間ずっと同じCDを売ってたって事に。物凄い衝撃で。少なくとも僕の体感上は1年半くらいだったからさ、音源作ってから。え、まじかよ、そんなにかよって思って。
で、今まで「今日は凄い良い演奏をしたぞ!」って日でも意外と音源売れなかったり、遠征先で物販に来て下さった方が「もうこれは持ってるんで新しいのはないんですか」って有難いお言葉頂戴したりとか、そういうの今までは「良いライブしたからって音源が売れるってわけじゃあないもんな」とか「凄いな、僕達みたいなのでももう音源買って頂いたりしてる遠方の方いらっしゃるんだな」とか思ってたんだけど。
そうじゃなかったわ。
音源作ってないだけだったわ。あっという間に4年経ってた。なんてこった。
レコーディングしたいです、しようとメンバーに相談しました。
ヨシダユキ先生が写真を撮ってくれました。
ジェット達さん、鑪ら場で観る達さん最高に決まってるだろって思って楽しみにしていたんだけど、いやあの距離感とあとあの照明で観る達さんの一人芝居、最高だった。
達さんの作品って最初は演じられている人物がどういう人間なのか、それこそ男なのか女なのかわからないところから始まって、物語の進行につれてそれがわかっていく快感があってその刹那に「ああ、さっきのあのシーンってあれだったのか!」とか「あれがああだったのはこうだったからなのか!」みたいな気持ち良さがある。
今回も冒頭から機械音と何か大きなものが動いている様を達さんが演じられていて皆それが何なのか興味津々で見守っており、少し後のシーンでそれがクリーニング屋の作業風景を演じていたとわかった瞬間のあの会場の笑い!
そういうのもあるし、観た瞬間にわかるものもあって達さんの作品って相当その辺の良い意味での「置いていく(あとで拾いに行くからね)感」とキャッチーさのバランス感覚が絶妙であるなと思った。
達さんの身体能力を使って表現された蝉の羽化は、美しかった。
高野君、同年代であるというところ以外にも例えば元交際相手の女子に対する複雑な感情をアウトプットする際の方法論とかにもシンパシーを感じちゃうのだけど彼のソロを観られて良かったと思う。
本人も言っていたけれども決して歌は達者ではない、けれどもそれ以上に魅力的だ。徐々に盛り上がって遂には叫ぶように熱唱、とかでもない、突然スイッチが入ったみたいに絶叫する。ここはそういう風に歌わないと伝わらないんだぜ、そういう風に歌いたいんだぜ、と。普通、不自然だったりするじゃないそういうの。だけどそこが凄く自然、ではないな、何だろう、そうするのが一番良いって聴いてる人間も思う。あれ凄く一瞬で間近に迫ってきてる感じして好きです。
皮肉もメランコリーもユーモアもセンチメンタルも昔の報われなかった自分も現在の自分も全部一緒くたに香辛料と一緒に煮込んで、それに対して時には没入して時には距離を置いてシニカルに笑ったりしながら、ナイスな小話も交えて演奏して歌う高野君はとても良かったし、正直に書いてしまうと、観ていてちょっと泣いた。僕の視界に入っているお客さんも何人か泣いていた。
この日一日一緒にいて(=遊んで)思ったけれどもあの高野君の姿が等身大の高野君であるという事。音楽とゲームとエフェクターとニンニクと香辛料と女の子が好きで兄貴肌で「ああ、クラスにこういう奴いたらこういう奴の家に溜まったりして遊んだだろうな」って同年代の同好からは思われるような、筋の通ったそんな男だ。
この曲が特に好きです。
打ち上げではラーメン屋で皆でエフェクターの話とかして大いに楽しみ(夜が更けてくるにつれてドロッとした空気になってくるのも最高だ!)、そのまま場所を変えてアルコール飲料を嗜んだりした。
僕も珍しくハイボールなんか飲んじゃったりした。
遠方から友人が来たので、大いにはしゃいでいたのは否定しきれない。
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