これから長らく住まうであろう社宅に実家に里帰り中の妻と生まれて間もない娘を受け入れる準備を日々少しずつ、それこそ牛の歩みのような速度ではあるが進めている。
その過程で実家→妻と同居と始めた家→社宅と経てきても尚、段ボールに荷積みされたままの状態だった私物達をいよいよ整理する事になったわけだが、それらの多くが断捨離の果てに廃棄されたのに対して奇跡的に娑婆へ戻ったものも幾つかある。
その中の一つがこれ、一部のクソエフェクター愛好家達の中では有名なPOS DT-1である。
POS DT-1。
これを手に入れたのは大学生の頃である。一時期の僕は今よりも熱病に浮かされたようにエフェクター蒐集に精を出しており、それこそ安価と見るやいなや使わないようなペダルでさえも自宅へ持ち帰っていた。圧倒的な物量に憧れを感じていたというのもあるし、何よりまだ今よりももっと音の良し悪しよりも浪漫に比重を傾けていたという事もある。
中古で数千円しなかったのではないだろうか。兎に角、物凄く安くないとこのいかにも得体の知れない、ラベラーか何かで手作りしたのかとツッコミたくなるような素っ気ないステッカーで記されたメーカー名さえ何かの冗談のような、そしてこのどこかで見たけれどもオレンジ色で(思うにディストーションでこの色というところもメーカー名から感じる冗談のような風合いを強調しているように思える)塗装されている事で異形ささえ感じる筐体のこのエフェクターにお金を払うとは思えないのである。当時の自分を褒めてやりたい。唯一無二のこのペダルは、今だからこそ僕の手元にあるべきであると感じさえする。
購入して一度音を出して満足したものの、大学の部室に持ち込んで同期と笑い飛ばしてやろうとした際に音が出なかった事でこのDT-1との思い出は終了している。数百円だからこそ痛痒も感じなかったし「ほらだからダメだろ」的な感想さえ口にしたかもしれない。何ならその時僕のその発言に相槌を打ちながら笑った同期の顔さえ思い返せる気がする。
それくらい、このエフェクターには嘲笑しか感じていなかった。
本当に音が出なかったのか、あの時の不具合は不完全かつ適当な環境で鳴らされたが故のものだったのではなかったか、という疑念に抗えず昨夜、ベースギターに繋いでみたところ音が、出た。
まさかのまさかである。おいおい、出るんじゃんよ、とペダルに過去の無礼、そして音が出ないが故に仕舞い込んでしまった事への詫びを感じながらツマミを回す。
ディストーションとしては、まあ特に特徴もなく、安エフェクターのディストーションという感じだ。ベースギターで、かつ自宅で鳴らした感じでは特に特筆すべき事はない。
ただ、このDT-1の強烈な個性はそのバイパス音にある。
物凄く、音が劣化する。
高域がバッサリとカットされ、音が遠くなる。こういうフィルターなんじゃないのか、と感じる程である。
僕はかねてから音痩せなんてものは都市伝説のようなものでエフェクターを繋ぐ以上そんなものは気にしていられない、と声高に主張してきたけれども、それでもこのペダルに関しては明確な「音痩せ」を感じたのである。
もう、凄いよ。本当に物凄く変わるから。
音の変化が強烈過ぎて劣化といっていいのか迷う程だ。これは変化、ではなかったか。
POS DT-1、侮り難し。
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