道具を扱うリスク

断線していたシールドが直った。

ほんの些細な、ほんの少しの綻びで音が出なくなっていたシールドケーブルは、また元通り僕のベースから電気信号をエフェクターに流し込んでくれる。

修理されたシールドを眺めながら、意識は少しだけ脳内の深いところへ潜り込んでいった。

続・我が逃走

電気系統の故障というのは視認出来ないからこそ顕在化するまで症状が認めづらく、そしてそれ故に恐ろしい。可能性で言えば、それまでガンガン鳴っていたベースギターがライブ中に突然うんともすんともいわなくなる可能性だって否定しきれないのだ。

ベースギターだけではない。

我々の足元に並んでいるのは何か?

我々の足元にはエフェクターがあり、そしてそれらは電気で動き、それらは互いに接続されている。その中の一つでも壊れれば、或いはパッチケーブルの一本でも断線すれば、もっと言ってしまえばエフェクターに電源を供給しているパワーサプライ、そこに一瞬でも不具合が生じれば音は出なくなる。

我々の音を出力しているのは何か?

アンプリファイアのインプットが壊れれば音は出ないし、スピーカーが吹き飛べば当然音は出ないし、僕のようなライブハウス常設のベースアンプをお借りして使わせて頂いている身からすれば、壊した機材を弁償する事になる。ベーシストの場合はベースアンプの前にダイレクトボックスがあり、そこからベースアンプのインプットにパラレル出力された電気信号が流れ込む。ダイレクトボックス、そしてここでも使われているシールド、これが壊れれば音は当然出ない。

改めて整理してみよう。エフェクターを使用するベーシストの音がベースアンプ、そしてライブハウスのメインスピーカーから出力されるには以下の全てが円滑に、かつ不具合なく電気信号を伝達する必要がある。

ベースギター→シールド→エフェクター→ダイレクトボックス→(アウトから)ラインでPA送り or(パラレル出力で)ベースアンプへ


さてこうしてみれば至ってシンプルな話である。しかし「エフェクター」の数が増えれば増える程、リスクは背負うわけだし情報も大元「ベースギター」は弦振動による磁界の動き(だったかな?)をピックアップが拾い、それが内部回路を経て出力されるのであり、このベースギター本体のパーツどれか一つにでも劣化/欠落があれば電気信号は劣化、或いは完全にそこで停止してしまう。アンプ直だとは言ってもこれだけの過程を経るわけだ。

僕が何を言いたいかというと、だから使用機材を減らしましょう、ベースとアンプの間は最短で繋ぎましょうとかそういう事ではない。我々バンドマンはステージに立つ際、様々なリスクを背負った上で演奏をしているのだという事を忘れてはならない。興奮したバンドメンバーが突っ込んできてエフェクターボードがなぎ倒されるかもしれない。アダプターを引っこ抜いていくかもしれない。足を引っ掛けてダイレクトボックスからシールドが抜けてしまうかもしれない。もう少し神経質になるならば、ボディの振動によって緩んだジャックがノイズを発生させるかもしれない。ピックアップが断線するかもしれない。踏んづけた拍子にシールドが断線するかもしれない。

我々は演奏を続けなければならない。どんな事があろうと続けなければならない。

だからこそ準備は万端にしておかなければならない。

しかし、どれだけ入念に準備してもライブ中に突然機材が不具合を起こすかもしれない。メンテナンスを済ませた愛機の音が出ないかもしれない。昨日まで当たり前のように動作していたエフェクターがうんともすんとも言わなくなるかもしれない。どれだけ入念にガムテープで目張りしておいても、シールドが引っこ抜けるかもしれない。

興奮したメンバーとぶつかって、チューニングがぐっちゃぐちゃになるかもしれない。ステージから落ちて骨折するかもしれない。

ライブハウスには、想像だにしない出来事に満ち満ちている。

僕が今回書きたかったのは、むしろこれだけの過程を経て音を出している、それが当たり前、それがどんな状況に於いても当然の事であると思い込まない方が良いという事だ。特に演奏に自分の全ての興奮、感動、そして衝動をぶつけるメンバーがステージ上に一人でもいる場合、そして或るいは自分自身がそうである場合、それらの『予想だにしないトラブル』が発生する可能性はグンと跳ね上がるのだ。そんな中我々は演奏しなければならない。音が出る事に感謝しながら、そして余りにも多くのリスクを内包した『エレクトリック・ギター』という楽器が背負ったあまりにも大きな宿命を考えながらも、演奏を続けなければならない。

我々の足元に広がる無数の落とし穴(ある穴には『シールド断線』と書いてあり、他の穴には『スピーカー破損』とか『ストラップが裂ける』とか書いてあるのだ)を意識しながらも、それを恐れるあまりステージに立つ事を恐れてはならない。一度意識したものならば理解出来ると思う。電気楽器を持ってステージ上である種の美意識に則ってそれを演奏する。それはあまりにもリスキーな行為だ。

では我々は予想出来ない災厄に対して、どうするのか。

残念ながら、諦めるしかないのだ。

日頃から自分の道具にメンテナンスをしっかりと施し、注意深く調整し、ご機嫌をとったとしても最悪の瞬間、最悪のタイミングでそれらが自分の日頃の誠意を裏切る事は起こり得る、と認識するのだ。そしてそれが起こる事を恐れないようにするにはまず最初に必要なのは諦念だ。

「これだけ準備して、機材トラブルが起こるならばそれはもう事故である。誰も悪くない」

と認識する事。

そして次に必要なのは、度胸だ。機材トラブルが起こってしまった瞬間に何をすべきかというと、事態回復に臨むべきであり、それは自分の道具達の様子を見、原因を探す事かもしれないし或いは開き直って客席に突っ込んでいく事かもしれないし、自分を裏切った愛機を叩き壊す事かもしれない(この方法論は恐らく今まで様々なステージで、様々な瞬間に採用されてきた事ではあれども、個人的には最も抵抗を感じる方法論であり、恐らく僕は死ぬまでこの選択肢はとらないであろう)。

一番必要なのは度胸と、その瞬間すらもエンターテインメントとする気迫だろう。それは何百万の楽器、最高の音がする機材群よりバンドマンにとって必要なものではないだろうか。

かつて尊敬するバンドマンが言っていた。

「機材トラブルはどうやっても起こる。起こる時は起こる。では起こってしまった時にどうするかという話で、その気さえあれば機材トラブルはバンドにとって起爆剤となり得る」

ま、要するに僕が長々と書いてきた事はこの方の一言で説明出来てしまうわけである。

ここまで読んで下さった方、有難う。どうか貴方の人生に予期せぬ不幸なトラブルが降りかかりませんように。

コメント

  1. もぐら より:

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    今日のブログ、非常に感銘を受けました
    メンバーにもこの話をしてみます

  2. 舟橋孝裕 より:

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    >もぐらさん
    有難うございます!
    こんな事ばっかり考えてライブ前は余計緊張します。