スティーブン・キング『トム・ゴードンに恋した少女』

続・我が逃走

さて、スティーブン・キングである。

時折無性にキング作品を読みたくなる時があり、今回もそんな発作に駆られて購入した一冊。本当はホラー短編集みたいなものを探していたのだけれども、何となく購入した本作も良作だった。

世界には歯があり、油断していると噛みつかれる―。ボストン・レッドソックスのリリーフ・ピッチャー、トム・ゴードンに憧れる、少女トリシアは、9歳でそのことを学んだ。両親は離婚したばかりで、母と兄との3人暮らしだけれど、いがみ合ってばかりいる二人には、正直いって、うんざり。ある6月の朝、アパラチア自然遊歩道へと家族ピクニックに連れ出されるが、母と兄の毎度毎度の口論に辟易としていたトリシアは、尿意をもよおしてコースをはずれ、みんなとはぐれてしまう。広大な原野のなかに一人とり残された彼女を、薮蚊の猛攻、乏しくなる食料、夜の冷気、下痢、発熱といった災難が襲う。憧れのトム・ゴードンとの空想での会話だけを心の支えにして、知恵と気力をふりしぼって、原野からの脱出を試みようとするが…。9日間にわたる少女の決死の冒険を圧倒的なリアリティで描き、家族のあり方まで問う、少女サバイバル小説の名編。



上記の粗筋は事細かに書いてあるけれども、本作は本当にそれ以上でもそれ以下でもない。何であれば『広大な森林で迷子になった少女のサバイバル小説』この一節で全ての説明が出来てしまう。もし貴方がこれを人に薦める事があればこの一言で粗筋を言い終えた事になってしまう。しかしキング作品を一作でも読了した事のある方なら(そんな諸兄の中の半数以上、恐らく8割は今や立派なキング中毒者ではないだろうか)ご理解頂けるであろう『あの』キング節、読むものを引き込むあのキング節でグイグイと読ませてくれるのは相変わらずだ。

緻密な描写に「作中人物に途方もないリアリティを感じさせる生活感」を生み出す『小道具』(本作でも結局ついぞ登場しなかった主人公の学友や、児童同士の流行文句等、そういった『小道具』によって想像力を刺激された僕はいつの間にか主人公の日常を知った気になってしまっていた)によって本作は『広大な森林で迷子になった少女のサバイバル小説』という概要からは伺いようにない面白さを内包している。

そしてキングにしては珍しく(?)スーパーナチュラルな存在は出番はなし。それを思わせる要素はあったものの、綺麗にオチがつけられまとめられている事で『少女の奮闘記』(という表現では生温いが)の範疇を良い意味で守りきったのも好感度が高い。

読了後にはホッとして「本当によく頑張った!」と言いたくなる様な、そんな温かい気持ちにさせられる作品。

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