時折「これは絶対に手に入れるしかない」と思わされるペダルに出会う事がある。
とても幸運な事に(我が家の財政的には不幸にも、と言うべきかもしれないが)そんなペダルに出会った際には、まず最初に焦燥感に近い所有欲を掻き立てられる。そして次に如何にして妻を説得すべきか頭の中はフル回転し、最後には僕は情熱で訴える他ないという結論に到達する。そして結局、妻は僕のその「必ず手に入れたい」という気迫を察知して「本当に欲しいなら買いなさい」と許可をくれる。
某月某日、僕は行きつけのペダル屋にて「あああああああ!どうしようかなあ!!!」と半ば悲鳴に近い声を上げていた。
これは脚色でもなく、冷静に考えればも数年で40歳になろうとしている中年男性の振舞いとは言えないのだが、兎に角僕は頭を抱えていた。近くで微笑んでいる店員ヒラシマ氏の仕業である。
ヒラシマ氏は熱烈なペダルギークである上に僕の好みを正確に射抜いてくる狙撃手でもあるのだが、この日はフラリと立ち寄っただけの僕に「舟橋さんそういえばこの組み合わせ弾きました?」とDIGITECHの特定の周波数を強調してフィードバックを起こすペダル(これも大変面白いブツだが後日友人であるstudio penneこと鈴木君が買っていった。彼もこの手のペダルには目がないのだ)と今回僕がすっかり心を奪われたブツを取り出してきた。
少し前からそのペダルがこの愛すべきペダル屋の陳列棚に並んでいるのは知っていたのだが、僕は「ああ、これ入ったんだね」程度の関心しか示しておらず、それはひとえにここ最近のファズブームによるところが大きい。僕はある特定のジャンルのものに夢中になると他のものは目に入らなくなる故。
で、弾いてみた結果。
その美しさに僕はすっかり魅了されてしまったというわけ。
そのペダルの名をMASFpedal(M.A.S.Fpedalが正確なブランド名なのだろうか?)のPOSSESSEDという。
ペダルギークの中では最早これは定番アイテムといっていいだろう。一言で言ってしまえばランダムディレイなのだが、僕は唯一無二の美しい音が鳴るディレイペダルとして捉えている。
説明書は最早5つのコントロールTASTE、TOUCH、SMELL、HEARING、SIGHTを説明する気もなく、その五感の名前が与えられた各コントロールは非常にその正体を掴みづらい。僕も店頭でヒラシマ氏が彼自身の研究による各コントロールの解説を聞いたが故に試奏の際はとっつきやすい印象を受けたが、これを自分で解読するとなるとその前にその難解さに匙を投げる向きがいたとしても無理はない。HEARINGが音量でSIGHTがミックスコントロールという事がわかればあとは適当に上段のコントロール3つをグリグリやれば美しい音を堪能出来るのだが、POSSESSEDはそのディレイ音が非常に独特で、ザックリいうと機械が壊れたような音がする。しかもその音が割と制御が容易いわけではなく、その独特の音色と制御の難解さでブッ飛びアイテムとして認識されているブツである。
僕は今しがた『制御が容易いわけではない』と書いた。
制御不能、ではなく制御が簡単なわけではない、と。
5つのコントロール=5感のうち二つがわかればそこでアンサンブルへの馴染み具合は決める事が出来るので(例えばドライシグナルの後ろでうっすら鳴っている的な鳴らし方もちゃんと出来る)、極端な使い方を選ばなければペダルボードに組み込む事もそこまで難しいわけではないだろう。
だけれどもやはり一番面白いのはSIGHT=ミックスをフルにふりきって弾いた時。その今まで弾いたどんなディレイでもこんな音はしなかった、というようなディレイサウンドは特筆に値する。
ノイズまみれの、機械が壊れたようなディレイ音は確かに万能ではないかもしれないが、非常に音楽的で美しい音色なのである。
それこそがPOSSESSEDが素晴らしい所以で、このペダルはそんな使いにくく、ブッ飛んだ存在のペダルなのに兎にも角にもその音色が音楽的で美しいのだ。
同じブランドのRAPTIOにもこれと同じ印象を持っているのだが、インダストリアルながら幽玄で美しいその音色にはMASFpedalがただのブッ飛びメーカーではないと痛感させられる。
2つのコードを行ったり来たりしながら白玉でブーーンと鳴らしているところにこれをオンにするだけで世界観が一気に立ち上がってくる。試奏しながらあまりの美しさにうっとりしながら「もうこれだけで音楽だねえ」だなんてヒラシマ氏に言いながら僕が危機感を感じたのは、つまりこれは絶対に欲しくなるぞという予感があったから。
案の定数分後には「これは手に入れなければ、俺の手元にこれがないなんて信じられない」と焦燥感を感じていた。
あとはジェットコースターのように妻に「ご相談があるのですが」。
こうして僕はその美しい音色を手に入れた。
手に入れる数日前にPEDALmeetingSPECIALでMASFpedalsの愛甲さんのお姿を拝見したのもこのペダルに纏わる思い出の一つになるだろう。今後、このペダルでどんな風景を描いていけるか楽しみである。