2026年のゴールデンウィーク、連休の1日目である。
休みだからといって惰眠を貪る事もなく、ちゃんとした時間に起きて(というか次女が普通に規則正しく起きてベビーベッドの中から呼びかけてくるので家族全員起きる)朝食を食べ、洗濯物を干して「あ、良い天気だな」となったので皆でテクテク歩いて鶴舞公園へ出掛けて行った。
自宅から徒歩で行ける範囲に相応に大きな公園があるというのは大変に有難い事だ。心が豊かになる。
娘(長女)がかつて誕生日プレゼントに貰って喜び勇んで乗っていたアンパンマンの車の玩具(手押し車、といえば良いだろうか)に今度は娘(次女)が乗っている。しかもそれを押すのは娘(長女)なのだ。月日の経つ事の何と早い事よ。
JR鶴舞公園駅の構内にあるパン屋さんでパンを幾つか買い、鶴舞公園でピクニック気分で皆で食べた。
公園に到着して早々、遊具で遊ぼうとした娘(長女)がバランスを崩し水たまりに突っ込み半身を濡らした事等、遠い記憶の彼方、連休初日で相応に賑わう鶴舞公園で家族で過ごす時間はどこまでも平和なのであった。
昼下がり、昼寝する娘(次女)とそれに付き合って眠りにつく妻の様子を見、起きてゲームに興じる娘(長女)に一声かけて家を出る。
この日はかしやましげみつ(あたらしいまち/白線の内側)と結成したエクスペリメンタルユニット『匣庭』の初ライブである。
車でかしやま君を迎えに行って一緒に会場入りした。この日は金山ブラジルコーヒーにてkokodstenの企画である。
kokodsten、元々は白線の内側にオファーをくれていたのだった。
しかしながら生憎と金森メンバー、瀬乃メンバーの予定がどうしても合わず「残念ながらお断りしようか」と返答したところ「ソロってどうですか」と改めてオファーをくれた事によって匣庭結成のきっかけとなった次第である。
(メンバー本人達も含め)全く未知数のユニットでの出演を快諾して下さったkokodstenのお二人に感謝を。

出演順は我々匣庭がトップバッター。
「最初からこんなで良いのか」という程ダークな雰囲気のユニットと自覚しているけれども、リハを終えた時点では共演者の皆さまから肯定的な評価。連日連夜、かしやま君と知恵を出し合い切磋琢磨して良い音楽を作らんと尽力した甲斐があったというものだ。初ライブに向けての高揚感4割、高揚と表裏一体の不安が6割といったところか。けれども、全てが未知数である事にはこれまで演奏してきたどのバンドのどの演奏でも同じ事が言える。ならば注力するのは「かくありたい」と思い作り上げてきた演奏と意識的に残してきた余白の部分を如何にして音楽的に発信するか、だけである。
かしやま君がサンプラーに仕込んできた読み上げソフトの音声(声色もあーでもないこーでもないと楽しく選定した。いずれ我々のメンバー同様の存在になってくれればと思う)が開演の知らせとメンバー紹介を行い、それを聴きながら持続音を徐々にフェードイン。薄暗い(薄暗くした、のである)ブラジルコーヒーに(強いて音楽的語彙を使うのであれば)ダークアンビエントが満ち溢れたのであった。
否定的感想が聞こえてくるわけでもなく、かといって絶賛の嵐の中で演奏を終えたわけでもない。
何なら一番どっちつかずな気持ちになる手応えを(個人的には)得て、終演。
これだから挑戦というのはし甲斐があるのだ。継続せよ、と自分の中で腹を括る。匣庭での挑戦は継続する価値がある。
もっと深く、もっと遠くへ向かいながら作りたい演奏が、音楽が漠然と見え隠れしていた。
かしやま君に活動の継続の可否を問うと「やりましょう」。
よし、こうして匣庭は動き出したのだ。

kokodsten 小林氏の、発振を伴うギターサウンドがあまりに美しくそれこそ「溶ける」様だったので久しぶりに演奏直後に人様の足元を見に行った。
あまりに美しい発振サウンドの正体は見慣れないディレイで、詳しく問うと小林氏「ギリシャのブランドだったと思いますよ。あ、港区だったかなBOO〇 OFFに14000円くらいで売ってましたよ」と教えて下さった。
よし、今度見に行こうと内心心に決めて自分の機材を片付けたりしていると小林氏「そういえば、熱田の方のBO〇K OFFだったかもしれません」。真面目で親切な方なんだな、と思った。この人と同じディレイを買ってもこの人程、美しくそれを操る事が出来るだろうか。