9月8日から東海地方は線状降水帯が発生、観測史上記録的な大雨に見舞われた。
お昼過ぎから突如大雨が降り始め、職場でも大粒の雨が天窓を叩く「バタバタバタッ!」という音が響き渡る中業務に勤しんだ。
幸いにして職場は軽度の雨漏り程度で済んだけれども、近隣では床上浸水が発生したり近隣の用水路が溢れ返り支店内での垂直避難(つまり業務を中断して2階に逃げよう、という事だ)を余儀なくされた支店もあるとの事。
夕方からは雨漏りの対応に追われ、退勤時も夜の間に何があってもある程度耐えられるよう、機械類にビニールシートを被せてからの退勤となった。ビニールシートを用意して手分けして作業する中、それぞれの携帯電話が警報を知らせるアラーム音を響かせる。
一体どうなるんだこれはと思った。
退勤すると雨こそ落ち着いてきている様子であったが、公共交通機関が全て停止しているとSNSで見た。
この雨模様なのに本当だろうか、と名古屋市中心部での冠水の状況等まだ見ていなかった僕は呑気に思ったものだったが、ひとまず同僚と駅まで歩いて向かった。
明らかに道路の冠水によって流されてきたであろうゴミ類がそこかしこに散らかっている。
人通りもまばらな中、リュックを背負いまるで避難するかのような一家が傘を差して足早に歩くのを見た。避難するのだろうか、ひょっとすると近隣の小学校へ避難するのかもしれない。消防団の車が放送を流しながら走り回っているのを見た。
ただの大雨じゃないんだな、と理解した。
娘(長女)は小学校へ、娘(次女)は保育園へ行っており、それぞれ緊急連絡等まだ回ってきていなかったが明らかに状況は刻一刻と変化していたし、早いうちに合流する方が安心出来る状況である。
自分が彼女達のところに辿り着けるまで如何程の時間を必要とするのか、公共交通機関が軒並み停止している今、定かではなかった。妻に連絡をする。
妻も仕事を早めに切り上げて早々に職場を出ようとしているところであった。妻は自家用車通勤なので道さえ冠水していなければ混雑しているだろうけれども少なくとも僕よりかは早く娘(長女、次女)達のもとへ辿り着けるはずだ。
お互いに状況を共有し、如何なる手段を用いようとも可能な限り早急に帰宅する旨、約束をした。
地下鉄の駅まで近付くにつれて人が多くなる。自動車で道路も混み合っている。
パイプカツトマミヰズのバンドメンバーのLINEグループもお互いの無事と状況を報告し合っている。
「名古屋市市営地下鉄は全線停止、復旧の目途は立たず」とここでもメンバーが教えてくれた。
ならば、とレンタサイクルで帰宅しようと腹を括った。幸いにしてレインコートを着込んでいる。
電動自転車ならば道の状況にもよるけれども、少なくとも徒歩よりかは早く帰宅出来るはずだ。
電動自転車に跨ってレインコートのフードを被って走り始める。
地下鉄の駅は鉄のバリケードのようなもので封鎖されている。「入らないで下さい」にしては随分と物々しいなと思ったけれども、冠水を防ぐための防御柵なのだとすぐに気が付いた。SNSでは今自分が走っている辺りの2時間程前の様子も動画でアップロードされていた。車のタイヤが半ば以上まで沈み込み、道路がさながら川の様になっていた。
それを考えると名古屋の道路の排水能力の高さを実感する。帰路を急いだ。
公共交通機関の停止によって帰宅難民となった人達が帰宅方法を徒歩に切り替えて動き始めたのか、道は見た事がない程混み合っていた。皆、疲れた顔をして、或いは不安そうな表情で歩いている。僕は自転車のタイヤが滑らないようペダルの漕ぎ具合を調整しながら慎重に進んだ。
いつもの様子と異なるのは人の混雑具合だけではなかった。脇道から道路に向かって突入してくる車も、普段より余裕がないのか運転が荒っぽい。
こちらが慎重に慎重を重ねて走らないと事故に遭いそうだなと思った。幸いにして妻から娘(長女、次女)達と無事に合流した旨連絡があったので、時間の制約を感じる必要はなさそうであった。
帰路の最中にそこかしこで見た光景は、有事そのものだった。何か大きな『想定外』が起きた時には判断力が求められるなと思いながら、今日の事を忘れまいと誓った。
それが、9月8日だった。
一夜明けて9月9日、この日の東海地方も線状降水帯による大雨の可能性が否定出来ないとの事。
事実、雨が降った。しかしながら前日のように公共交通機関が全線止まったり道路が冠水したり道が帰宅難民で溢れかえったりはしなかった。
僕も仕事を終え、普段通り市バスと市営地下鉄で帰宅した。

保育園に娘(次女)を迎えに行き、歩いていると夕暮れ時の美しい空が目に入った。
近所の公園とのコントラストがまた美しい。娘(次女)に「見てご覧」と言うともうすぐ2歳の娘(次女)も「きえい!」と喜んだ。
昨夜とはうってかわって平和な時間、平和な光景であった。