こんなんじゃ駄目だ。

KING CRIMSONと石窟寺院に夢中だ。あとトレント・レズナーをリスペクト。

石窟寺院、先日のファームのライブ時にオープン前に流れており「格好良い!」と喚いていたら素敵なPA様が焼いてくれた。吉田達也(ドラム)と佐藤研二(ベース)のユニットである。変態!
健作君、2人でスタジオに入ろうか。いや入るぞ。

最近考えていた事。
ベースにエフェクターを活用するという事を当たり前のように行ってきたけれど、諸君、正直に告白しよう。

内心、心のどこかで「“ベースなのに”この量」とか「“ベースなのに”ディレイ」だとか、潜在意識下にそういう思考があった。エフェクターを愛し、敬い、敬意と畏敬の念を抱いて踏んづけていたつもりだったが、こういう意識ではあれだ、まだまだ駄目だ。

ベースにエフェクターを沢山繋ぐなんて!という風潮に異を唱えてきた僕がこれではそりゃあ駄目だ。

エフェクターがギタリストの足元にズラリと並ぶのがさほど珍しくない今日この頃だけど、いつかはベーシストやドラマー、ボーカリストの足元に大量のエフェクターが並んでいるのが珍しくない日が来るのだろうかね。

表現の一環、表現のための道具としてギタリスト以外の演奏者がエフェクターを扱うのは当然の流れだと思うのだ。だが僕自身がそんな意識では駄目だ。

まだまだエフェクターに使われている。精神的に彼らを乗りこなせていないのと同じ事。広大に広がる音階の海原と同じくらいの可能性を、エフェクターに感じているというのに。

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