鈴木実貴子ズの手伝いで大阪に行った日記をセンチメンタルにまみれた具合に書きましたよ。

一週間前の事を今更だけれどもブログに書く。
きっと10年後には忘れてしまうような事もあるだろうから。実際に12年近くブログを書いてると昔の事で「あれはいつだっけ?」とか「あの頃何してたっけ?」みたいな疑問も全て自分のブログを読み返す事で解決する。ブログ記事内検索は便利だ。

11月26日(日)は鈴木実貴子ズのお手伝いで大阪へ。前夜は帰宅後サクッとお酒飲んで泥酔して(妻が美味しいマカロニサラダを作ってくれた。それを肴に飲んだ。退廃と美徳にまみれた独身生活から一変、バンドマンの新婚生活はささやかだけれどもどでかい喜びと発展性、そして相変わらず心の奥底に横たわる他人への憧れと自分より持つものへの憤怒にまみれている)寝てしまったので早起きもなんのその、集合時間のAM8:30、今池のジャパンレンタカーへ無事に到着した。
行きの車中は各務、舟橋のサポートメンバー両名で運転をする。行きも帰りも運転して貰うなんて過酷過ぎるし翌日も仕事なので帰路は爆睡したい、そういう思いがあったので往路はハンドルを握らせて頂いた。

途中の分岐で進行方向を間違えて京都に降り立つアクシデントもありつつ、無事に寺田町に降り立つ。
この日の会場は天王寺Fireloop。
物凄く久しぶりだ。最後に来たのはいつだっけ?ってくらい久しぶりだ。
このブログによるともう6年も前の事になる。ほらな、便利だろブログって。
この時の日記にも書いているけれど、あの夜の野津店長とのやりとりは僕は一生忘れられないだろう。そう、今回鈴木実貴子ズのお手伝いで行くのが天王寺Fireloopだと聞いた時に頭をよぎったのがあの時の自分の最後の言葉だった。

「良い演奏が出来るようになるまで、ここに来るのはやめておきます」

随分と思い上がった発言だったし自分の感情が素直にそのまま伝わったかと言われると自信はない、が野津さんに気概だけは伝わったんじゃないかと妙な確信を持ったまま名古屋へ戻り、そして僕とFireloopは六年間それっきりだったのだ。
なんて長い時間をかけてしまったんだろう。きっと野津さんも僕の事は忘れてしまっているに違いない。そんな風に思いながらハンドルを握っていたのだった。

果たしてFireloopはそのままだった。
会場の構造もはっきりと憶えているそのままだったしベースアンプヘッドも6年前と変わらずアンペグだった。
懐かしさと、ご無沙汰してしまった事への申し訳なさ?否、勝手な気後れを感じてしまう。
リハーサルを終えて、併設のスタジオにて一時間練習に入る。最終確認をザッと行ったのだけれども、随分と演奏が体に馴染んできた感がある。良いバイブスを感じつつ、練習を終え各々自由行動。僕は数日前に電話でホールドをお願いしていたファズを引き取りに難波へ向かう。
駅とショッピングモール間の移動が勝手がわからずに右往左往するけれども、どうにか辿り着いた楽器店の店長さんは大変親切でついつい予定になかったスピーカーケーブルやら何やら買い込んでしまった。少し前からスピコンのプラグがブッ壊れていたので良いスピーカーケーブルが購入出来てホクホク。
そしてそれ以上にここ数日間欲していたファズがゲット出来て舟橋は満面の笑みだった。
Fireloopへ戻り、これまた事前に予約しておいたスタジオにて個人練。購入したばかりのファズの音作りをする。ビッグマフと入れ替えて本番そのまま使おうかと思ったけれども、音のボリューム感とレンジ感が異なる事によりアンサンブル中で良くない結果を引き起こす事を懸念して、少なくとも歌の後ろではオンにするのを止めようと心に誓った。

オープン前に各務君と銭湯へ。彼も最近サウナトランスにハマッているそうで二人で近場の銭湯へいそいそと向かった。
この銭湯、というかサウナが良い意味で関西っぽくて。おじさんが一人で喋ってるの、TV観ながら。牛丼チェーンのCMだと「牛丼、食べてへんなあ...」とか独り言を結構なボリューム感で口にしてみえた。名古屋だと一度も直面した事のない光景。
僕も独り言っぽい呟きで応戦したところ、その二つの独り言は自然と会話になった。旅の醍醐味とも言える「人との出会い」はその刹那さが良い。水風呂できっちり整えて、Fireloopへ戻る。

ゆーのというバンドが大変素晴らしかった。
肉体的でロマンチックでダイナミック。ライブを観ていて目が釘付けになった。こういう演奏をする事が出来たら、だなんてお前何年バンドやってんだよ、でもしょうがねえよなあこんなの観ちゃったらなぁ、と腹の中でグッと押さえつけるように思った。

さて、今夜も演奏だ。
鈴木実貴子ズでの演奏は参加したての頃の添えるような演奏からそこに混ざるような演奏になってきたな、と感じている。それが良いのか悪いのかと言われたら良し悪しどちらもあるのだろうけれども、この日の演奏は冷静と情熱の間、意識と無意識の間にある良い具合の演奏だったんじゃないかと思う。
演奏中に、野津さんの顔が見えた。ジッと視線を注いでいるその姿は果たして本当にそうだったのか、それとも俺の思い込みか。結局、鈴木実貴子ズの胸を借りて俺は六年間に決着をつけに来たんだなとその時なんとなく感じた。良い演奏が出来ていなかったら糞みたいな気持ちになるところだった。
最後の曲のアウトロ部、新しく仲間に加えたファズを思い切り踏んだ。ロマンと退廃と攻撃的な意思にまみれた音がした。ブラボー。
終演後、それとなくお姿を探したけれどもお会い出来ず。それで良い、それが良い。またお会い出来るだろうと思った。

名古屋へモドリ。
車に乗って数分後には意識を失い、気がついたら高速道路を降りるところだった。
妻が自宅で待っていてくれた。
なんだかセンチメンタルになってしまった一日であったよ。

コメント

  1. 高野京介 より:

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    好きなブログだ。
    ずっとRSSリーダーで読んでるけどタイトル変わったの今気づいたよ