芸術は刹那の中で作られる。

シックリくるものからは物凄く影響を受けやすい。
映画監督 園子温監督の自伝『非道に生きる』を読んでから「芸術は刹那の中で作られる」という言葉が僕の中で物凄く大きくなっている。
「非道に生きる」には映画監督としての、ものを作るクリエイターとしてのご自分の発想や矜持等についても書かれているのだけれども、この「芸術は刹那の~」というのは「余裕や時間があると余分な発想やいらない迷いが生まれる。時間や余裕がない中パッパッとやった方が無駄なものはなく、本質的に自分の見せたいもの、アウトプットしたいものが絞られてリアルになり得る」という事。それってとても納得出来る。
あと「自分が面白い、やりたいと思っている以上それはまずは”自分”という最低一人はそれを面白いと評価する人間がいるのだから、他人の意見に耳を貸して中途半端にするくらいならいっその事を耳を貸すな」というのも凄く腑に落ちる話。
当たり前といえば当たり前なのかもしれないけれども(これが正論、って奴の力だと思う)、監督の丁寧だけれども力強い言葉と論旨に僕はえらく感銘を受けた。これを読んだのは丁度去年の12月半ば。その頃の僕というのはバンド活動に加えて年明け5日に個人名義で主催する演劇公演に向けて心を砕いていた。そのタイミングで友人 九鬼君が貸してくれたこの『非道に生きる』は絶好のタイミングで僕の背中を押してくれたと言って良い。
それ以降のソロ活動も何もかも、この「面白い」と最低限、自分自身が思えるものだけをやる事の繰り返しであり、そして「芸術は刹那の中で作られる」という言葉によって僕はライブ活動やバンドの練習、日々の生活でソロ本番前夜に慌てて準備をしていてもそれまでのように「ああ、もっと時間さえあれば…」とネガティヴにならなくなった。
「芸術は刹那の中で作られる。では無駄なものは出てこないはずだし、出すまい」と能動的かつ攻撃的に自己表現に向き合う事が出来るようになった。この気持ちの差っていうのは概要として同じ表現物を作ったとしても、その密度と力強さに大きな差をもたらす。
もう一度書いておく。時間をかけたものを否定するつもりはない。多くの膨大な時間と情熱を費やして完成するものもあるだろう。だが僕にとって「芸術は刹那の中で生まれる」ものでもあるのだ。

だが、それにしても今回の、3月6日のソロ公演についてはいよいよギリギリまで作業していた。今までは最低でも前夜、当日に食い込んだとしても相応に時間に余裕を持って準備していたのだが、今回は準備終了と同時にそのままライブハウスへ駈け込んでセッティング。うん、本当にいよいよ、刹那の中で動き出したな。
今回新栄CLUB ROCK’N’ROLLで行った舟橋孝裕ソロ=未確認尾行物体は名作コミック「孤独のグルメ」を原作としたもの。全てはTOKUZOでの打ち上げ中の「僕は舟橋君の”孤独のグルメ”が観たいんだよなあ」というsunsetrecords スガイさんの言葉に端を発する。丁度この日、6日のソロ公演で何をやるかなあとアイディアが降りてくるのを待っている最中だったのだが、この「孤独のグルメ」という言葉を聞いて数分もしないうちに公演内容が具体的な、興味をそそる、面白いものとして浮かび上がってきた。
「スガイさん、それ頂きます」

丁度そのテーブルを囲む人間の中に前述の『非道に生きる』を僕にもたらした九鬼君もおり、そしてなんと彼は料理が得意である。ステージに立った事がなく、そして立つ意思もなかった彼を半ば強引に巻き込んで(やる、となったら彼はやる、そして成し遂げてしまう人間である事はよくわかっていた)、「舟橋版 孤独のグルメ」は動き出した。
自分の胸中を代弁してくれるナレーションを流し、それにあわせた飲食を作品とする。今回はガッチリ、構築して持って行き、演る。
で、本番当日3日前。深夜に九鬼君ちに、いた。

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今回のメニューは生姜焼き定食(ざく切りキャベツがつけあわせの生姜焼き/大盛ご飯/キャベツとゆかりの漬物)に豚汁、ほうれん草のおひたし、なめたけじゃこ大根おろし。それにしても僕、頭でけえな。
これを実食しながら頭の中を推敲せずに口述、それを録音して後々脚本として採用する、といういわばインプロ形式の曲作り。
「ズズッ…この豚汁、メインとしてもズズッ、…成立するな…モグモグそれにしてもこの豚汁っていうのはゴックン、…無条件で実家感が漂う…」
それにしても流石は九鬼君、どれもこれも旨いのね。生姜焼きの絶妙さっていうのはかなりハイクオリティだった。

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「どれ、キャベツと一緒に食べてみるか…モグッシャキッ…モグモグ…キャベツによってトレブルが効いてくる。この高域のエッジは、嫌いではない…モグモグ」

で、ライブ当日。お昼過ぎ。
孤独部でも実は最近彼のバンドのお手伝いでも何かと行動を共にしている金森君(a.k.a KANAMORIN)宅にてレコーディング開始。約25分間の間、物語の進行と僕の胸中を代弁してくれるナレーションのレコーディング。
金森君宅ってしっかりしたDTM環境が整っていて、そして彼自身良いエンジニアなので僕は「録音したい録音したい」と言って横であーでもないこーでもない言うだけ。彼の情感が欲しい、と思って急遽ギターの演奏もしてそれも録音して貰った。
で、入り時間数分前にミックス、CD焼き作業が終わり、本番もCDの音出し/音止めとして参加して貰う事になった(本番3時間前に)金森君と慌てて金森君宅を出る。幸い新栄CLUB ROCK’N’ROLLまで徒歩数分。ギリギリで間に合った。脚本も完成していないまま(それもあって終盤はその場その場で考えながら録音したのだけど、却ってリアルな本音が出せたと思う)レコーディングに向かって、そして間に合ったのはひとえに金森君の処理能力の高さのお陰である。本当にありがとう。
ここ最近の僕のソロでは最早お馴染み、かしやま(孤独部)君も参戦して貰った。店、感を出すために必要な、そして味噌汁を豚汁に変更→「豚と豚でかぶってしまったぞ…」とコンボに繋げるための重要な役どころ。
今までかしやま君には「野菜とか色々突っ込んでジューサーにかけたものを1リットル近く飲ませる」とか「椅子の中に何時間も軟禁する」とか「舞台上でボコボコにする」とか散々な思いをさせてきたけれども、今回は文字通り「美味しい」思いをして貰えたのではないか、と思っている。

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新栄ClUB ROCK’N’ROLLで生姜焼き定食と豚汁定食を作った人間が、過去にいただろうか。開演直前までドリンクカウンター上、カセットコンロで煮込まれた豚汁、事前仕込みにより温めるだけ、まで作り込んであった生姜焼き、どれもこれもライブハウス側からの寛容な許可と(勿論通すべき筋と通したからやらせて貰えたんだろうけれど笑)、九鬼君の気迫が成し遂げたものである。
今回のMVPは間違いなく九鬼君。だって僕、主役だけど舞台上で飯食ってただけだし。
いや、それを差し引いても九鬼君には本当に今回助けて貰った。「ものを作る上で対等な関係」は脚本構築の上でも成立していたし(僕は初めてステージに立つんですよ、って九鬼君がものを作る上ではやはりそういうストイックさを出してきたのがもう本当に格好良くて僕はそれが凄く嬉しかった)、九鬼君は料理を作る人として、そしてライブ作品を作る人として絶妙なバランス感覚で物事の判断、采配をしてくれたと思う。
特殊な技術、秀でた何かがあれば人前で何かを表現する事、ライブハウスのステージに上がる事は出来ると僕は思っているのだけど、九鬼君は改めて僕の眼前でそれを実証してくれた。

九鬼君の調理技術に今まで吸収してきた多くの映画や本や音楽のアーカイヴから構築された「面白さ」への確かな判断力、金森君の演奏技術に録音技術にそしてここ最近膀胱炎になりつつも取り組んでいたという舞台音響技術、かしやま君の演技力に彼自身大好きな「ものを食う」という行為に対するステージ上でのリアルと演技も混じった賞賛とそれに対する真摯な姿勢、サポートメンバーの素養とそれぞれのフィールドでの技術力の結晶。
スガイさんの発言から盛り上がった「孤独のグルメ」はこうして多くの人の力を借りて結実した。

最後にもう一度。
「芸術は刹那の中で作られる」。
僕の場合は、僕のその刹那にすかさず彼らのベストを返してくれる作り手が周りにいるから、でもあろう。

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コメント

  1. スガイユウジ より:

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    前半の映画監督の言葉にすごく共感した。
    まさに僕の曲作りにおける姿勢全てを代弁しれくれていたから。
    近いうちに、その本を読んでみようと思います。

    それにしても、
    写真を見てたら、

    腹が、

    減った。

  2. 舟橋孝裕 より:

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    >スガイさん
    今回は本当に有難うございました。
    企画に呼んで頂いて、そして今回スガイさんからのアイディアを受けて公演を行って、スガイさんと距離がぐっと近づいた気がしております。

    そうなんですよ!
    もの作る人間ならば胸の中にある感情を端的に言葉にしていて凄く身に染みました。
    面白いかと思います。