魔都

魔都、今池。

昼間は賑やかで喧騒にまみれたこの街も、夜になると全く別の顔を見せる。どこか濁った、濃厚なものがずるりと這い出してくるような街だ。

会議も終盤に差し掛かろうとしていた。出席者の間に終焉間近特有の緩慢で穏やかな空気が流れていた。私も私とて、会議が予想外に早く決着がついた故に持て余してしまいかねない時間について思案していた。

私の生活時間はここ数年の間の不規則な生活によって、そのダイヤグラムに完全に異常をきたしていた。

その私でさえ予想できない体内時計の支配を、私は甘んじて受ける他ないのだった。どうやら今夜、まだまだ私は眠れないらしい。睡眠という甘美な時間に浸らせてくれるのは、肉体の疲れよりも結局のところ精神の疲れなのだ。肉体には今日一日で蓄積された心地良い疲労が蓄積されているが、どうやら意識は活発で私はまだまだ動き回らなければならないらしかった。それはとりもなおさず、翌日一日は私が、私自身が緩慢になる事を意味しており、ここ数年の間そんな日々を過ごしていたとは言えども、正常なる生活時間、そしてそこからくる健康なる精神、肉体を懐かしく思い返すのは人として自然な事ではないかと思われた。

時計を見ると、日付が変わって数十分経っている。まだまだまだまだ眠れやしない。

古来の生き物が目覚めの指標としていた太陽、それは今の私にしてみれば眠りにつく指標になっているのだった。

携帯電話が振動して、着信中である事を知らせる。

ディスプレイを見てみると友人Tである。聞くと、Tは私の家から歩いて十分程の路上で寝ているのだと言う。

私と私の同僚達はその報告に非日常の匂いを感じ取り、好奇心をメラメラと燃え滾らせた。私達が笑顔を顔に貼り付けたまま上着を着、Tの様子や出会った瞬間のTの反応等について軽口を叩きながら部屋を出るまでものの数分とかからなかった。

非日常。

道程であり、それ自体が待ち合わせ場所として以外は決して目的地足り得ない路上で、寝ている。

どうやら相当酩酊している様子だし、その場所が問題だった。

一体、どこに深夜の今池路上で寝込む男がいるというのか。

私達は可及的速やかに私達の友人を私達の手によって私達の管理化に置く必要があったのである。

(私自身の回顧録~第3章『非日常が侵す時』より抜粋)

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