『父が昼神温泉に行きたいと言っている。俺達は行けないので孝裕、良かったらお前達一緒に行かないか』と兄から連絡があったのは3月頃だったか。
一体突然どうしたんだと父に直接連絡すると「昼神温泉に一泊二日くらいで行きたいんだけれども、兄は忙しいし犬がいるから家を空けられないという。宿泊代は俺が負担するので良かったら孫達も連れて一緒に行かないか」との事。
温泉旅行だなんて久しく行っていない。祖母が健在だった頃に行った下呂温泉以来ではないだろうか。
妻や娘(長女、次女)は外泊が好きではないけれども温泉旅行自体は満更でもなさそうである。というか僕が行きたそうなのを察して同意してくれたのかもしれぬ。僕は温泉旅行が好きであるが故。
しかしながら何だかんだでこの季節になってしまった。ホテルは数か月前に電話で予約した。父からのリクエストで伊那華という老舗(っぽい)ホテルを予約した。電話で予約したにも関わらず、後日ちゃんと予約の内容を記した手紙を下さった。流石に対応である。
昼神温泉、と言われてもいまいちピンと来ないくらい温泉には疎いのだけれども、場所的には長野県阿智村である。
長野県阿智村といえば数年前にロープウェーに乗りに行ったヘブンスそのはらがあったのではなかったか。
そういえば帰りがけに温泉街を通りがかったっけ。あれが昼神温泉だったか。
当日11時過ぎ、ゆっくり目に実家に向かう。片道車で1時間と少しなのであまり朝早く出てもね、という事になってのこの時間。チェックインの13時に間に合えばそれで良いという気楽な往路だ。割と近いのである長野県阿智村は。
実家を出、実家近くの薬局で旅行用の化粧水やらシャンプーセット、あとはお菓子を買って高速道路で長野県阿智村へ向かう。
途中、恵那峡SAで昼食をとった。普段なかなか長野県方面へは行く事がないので立ち寄るSAも新鮮である。
恵那峡SA、結構混み合っていた。ホテルでの夕食までそんなに時間もないし、この日はホテルへチェックインした後は特に出歩いたりもせずゆっくりするだろうから腹が減る予定もない。そこまで食べる必要もなかろうと軽めに蕎麦なんかを食べたりした。

遠出する時は大抵妻が車を運転してくれる。この日も妻が運転してくれ、僕は助手席に座った。
普段行かない地域に行く時はHAR〇 OFFのアプリで行く先に店舗がないか調べるようにしているのだが(アプリのチェックイン機能を使ってスタンプラリー的な『店舗めぐり』が出来るため僕は熱心に未開の店舗に足を運ぶようにしている)、目的地からそう離れていないところにHA〇D OFF飯田かなえ店がある事が判明。妻と父におずおずと申し出ると「往路も順調だしホテルに行く前に寄ってあげよう」という事になった。
長野県の店舗には初上陸である。
楽器とプラモデルを見た。父も一緒に店内を見て回ったが「手頃なウクレレはないだろうか」と言っていた。父がウクレレに関心があるとは知らなかった。そういえば指一本でコードが弾けるギターには挑戦していた記憶がある。

昼神温泉に到着。
静かな温泉街である。とはいえ、宿泊先の伊那華は僕たち以外にも続々とチェックインするお客さんがいた。静かな温泉街でゆっくり過ごしたい、という人が多いのかもしれない。家族連れだけでなく自治会の慰安旅行的な団体もいた。
ホテル内に訪れた有名人のサインと並んで中日ドラゴンズの納会の記念写真が飾られていたけれども、令和元年まで納会で来ていたようだ。結構最近である。写真を見ながら他のお客さんが「お!〇〇がいる!」と嬉しそうにしていた。野球ファンだったらもっと楽しくこの写真も眺められたのかもしれない。
既に僕の興味の対象はサウナ施設がどれだけ充実しているか、そればかりになっていた。
ホテルに入ると父がボソッと「久しぶりだなあ、何年ぶりかなあ」と言った。
訊いてみるとどうも兄が結婚した直後に父と母と兄夫婦でここに来たらしい。その頃恐らく僕は高校生か大学生。実家に住まっていたのでその旅行の事は知っていたはずだが記憶にないという事は僕は行かなかったか関与しなかったのだろう。
そうか、これは父の思い出を辿る旅なのだ。昼神温泉とホテルを指定したのはそういう事だったのだろうと悟った。

伊那華の客室は昔ながらの温泉旅館といった風情だけれども、綺麗で快適だった。
ただ1つ失敗したのは換気扇を回しておかなかった事。すぐそこが山なので虫が多い。換気扇の穴を抜けて室内に虫が入ってくる事がままあった。虫が得意ではない妻や娘(長女、次女)に代わって僕がティッシュ片手に出張る事になるわけだが、こんな事ならもっと早々に換気扇を回しておけば良かった。
父の部屋と僕達家族の部屋の2部屋を予約したのだけれども、夕食まではそれぞれの部屋でゆっくりしようという事になった。
「サウナを楽しむなら今だね」と妻の後押しがあったので夕食前にひとっ風呂浴びに浴場へ。
流石昼神温泉、露天風呂も川べりを臨む良いロケーション。お湯も良い。
サウナ室もちゃんと稼働しており、水風呂こそなかったけれども清潔感のある良いサウナ室だ。
身体を洗い、サウナ室に入る。うん、温度もちゃんと高い。腑抜けた温度だったらどうしようという心配は杞憂だった。
TV等もなく静かなサウナ室の中で自分と向き合おうとふと外に面した窓を見ると、曇り止めの目隠しの向こうに信じられない光景が見えた。幼い子供を連れた女性が歩いているのである。
勿論着衣だけれども、えっどういう事だ、何が起きてるんだ、どうして男風呂の中のサウナ室から女性のいるスペースが!?と気が気でなくなり割と早々に風呂から上がった。
動揺したまま妻にその事を伝えようと部屋に戻ると、部屋はもぬけの殻。スマホには妻より「足湯に向かってます」とメッセージが。

何て事はない、先程僕がサウナ室の中から見たのは足湯スペースだったのだ。
そりゃあ着衣だよ、当たり前だ。今度は足湯スペースから先程自分が入っていたサウナ室の方をチラリと見た。
目隠し越しにうっすらと蒸されている男性の後頭部が見えた。こういう感じ、か。成程。
配置がわかれば何て事はない。サウナ室であそこまで動揺したのは初めてだったかもしれない。
これはこれで良い思い出になりそうだと思った。
夕食はバイキング形式。和食洋食問わず様々なものがあった。長野県の名産品もあり、肉も魚もあったので大いに食べた。
人気のメニューはどんどんなくなるけれども、どんどん補充されていた。レストランは終始賑わっていた。食事も美味しかった。
夕食後は予約していた家族風呂へ。父の計らいで娘(次女)も楽しめるよう家族風呂を予約したのだった。
露店風呂もあり皆で入った。記念写真を撮ったけれどもあまりにも肌色なので掲載出来ない。当たり前だ。

21時過ぎより浪合パークというホテル伊那華より車で20分程のところにある施設で星空観測のアクティビティを予約していたので皆で行った。何でも長野県阿智村は『日本で一番星空が綺麗な場所』として認可されているらしく、この浪合パークでも天体望遠鏡で星空観測を楽しむ事が出来るそうだ。生憎とこの日は曇り空、予約もこの時間は我々だけだった。予約したのもホテルにチェックイン後だったので満天の星空が望めないのは明らかだったけれども、それでもガイドさんの説明と雲の隙間から見え隠れする星や月を天体望遠鏡で観測出来た。物腰穏やかで語り口調も秀逸なガイドさんを独り占めして観測出来たのだから、むしろこれはこれで贅沢過ぎる経験だったといえよう。
この日以降、娘(次女)が夜空を見上げる事が増えた気がする。2歳の心にも鮮烈に刻まれた時間だったのだ。
父も「来年は晴れた日に来よう」と言っていたので楽しんだ様子だった。ガイドさんとのやり取りや説明に対するリアクションから察するに、天体にもそれなりに造詣が深そうであった。父、多趣味極まれり。
浪合パークから戻る車の中で既にウトウトしてしまっていたくらいだったので、ホテルに戻った後は娘(長女、次女)を寝かし付けてゆっくりするつもりが早々に眠ってしまった。温泉旅行だもんね、ゆっくりのんびり過ごすのが良い。
相応しい過ごし方をした1日目だったといえよう。