居酒屋とかに貼ってあるスナップショットって刺激元としては十分過ぎる。

30キロは移動しただろうか。

待ち合わせ場所に着いた。人気のない駅のロータリー内を、待ち合わせ場所であるところのコンビニの灯り目指して歩く。果たして、約束の相手は…いた。雑誌コーナーで雑誌を読んでいる。

コンビニの中、というか都市部のほとんどの所謂「お店」が人への無言の拒絶で溢れている。「私は貴方に話しかけないので、貴方も私に話しかけませんよ」的な、あれだ。隣同士で立っても、どちらかが気付かない限りそれが友人同士であったとしても会話さえ発生しない。これって、極めて現代的?

さてそんな沈黙はとっとと打ち破って、二人でコンビニを出る。辺りを見回してもこれといってパッとしないので、少しばかり胡散臭そうな居酒屋に入る事にした。店内の活気と、駅のロータリーを満たした静寂のギャップに眩暈がしそうになる。

入店して、驚いた。てっきり大衆居酒屋的な店舗かと思ったのだが、店内には幾つも「屋台」が出されている。屋台、だ。暖簾と柱で区切られ、各屋台で皆思い思いに飲んでいる。さて、と…我々はどうするか。

ずんずん奥に入って行くと、誰も腰かけていない屋台を発見した。喉の奥から漏れる低い唸り声を殺しながら、ベンチとカウンターの間に体をねじ込む。カウンターも後ろのプラ板にも、あらゆる場所に常連達の写真が貼ってあった。ポラロイド撮影したものだろう、余白の部分に日付やら客からのメッセージが書き込んであった。どうやら客に愛されている店らしかった。

カウンターの中から大将がおしぼりを渡してくれる。大将はバンダナを巻いた老人だ。穏やかそうな目つきに柔らかい物腰、どうやらこの老人が皆に愛されている店主らしかった。

注文を終えると、カウンターに両肘をついて手の中に顔を埋める。ここに来る以前からアルコールは摂取していたが、まさかここでも飲む事になるとは思わなかった。ちょっとしたファミリーレストランでも、と思っていたが何せ落ち着いて会話出来そうな店がここしか開いていなかったのだ。まあ、飲むのは嫌いではないしこのお店にしても悪い店ではなさそうだった。

焼き鳥の焼ける音、他の屋台の客の嬌声、カウンター上、天井付近にちょこんと設置されたTVに映るバラエティ番組。全てがどこか落ち着く。成程、確かにこの屋台は異空間に違いなかった。先程のコンビニでは店内に充満していた他人への拒絶、区切りとして機能する拒絶感がこの屋台の中にはなかった。この屋台に満ちている雰囲気は、それすなわち受容。「どうぞどうぞありのままで結構ですよ」、そんな空気が流れているのであった。

提供された皮(塩)を何気なく口に入れて、驚いた。旨い。

弾力ある皮はカリッとムチッと火が入れてあるし、塩加減も絶妙だ。そもそも皮自体のうま味が凄かった。この値段でこれとは、よっぽど安くて、しかしながら良い肉を使っているに違いなかった。そしてその良い素材の味を損なわぬように焼き上げる腕前…「悪くない」どころではなかった。偶然入った店が大当たりという、食に快感を感じる人間ならば顔をほころばせてしまうような素敵な偶然が、書籍と埃をかぶった胡散臭い機材群に満ち満ちた自室より遠く離れたこの地で私を待っているとは。

慌ててししとうの皿を目の前に引き寄せる。2本の串に貫かれ、行儀よく焼かれた4本のししとうは焦げ目がついており、生姜がのせられている。ししとうを生姜醤油で食べるなんて、素敵じゃないか。口の中に青味がかった爽やかなな辛みが広がって、いてもたってもいられなくなる。串をししとうから引き抜いて、生姜をこぼさぬよう注意しながら醤油を改めてししとうに塗りつける。そのまま贅沢にもししとうを丸々一つ、口の中に放り込んだ。

…想像以上の辛味に、一瞬舌が驚くもその豊かで爽やかな辛さに口元がほころぶ。やはり、優良店だ。

それにしても、ししとうというのはつくづくお酒と相性が良い。口の中に広がるしびれるような辛さ、そのまま楽しむのも趣があって良いが、何より快感なのはその青さを酒を以てして胃袋の中に流し込む瞬間だ。

と、せせり肉の梅肉添えが差し出される。こういう店で何に店主の人柄を感じるかといえば、その気配の殺し方だ。威勢良く喋り散らす店主も良い。僕は好きだ。しかし今日の店のように、その存在感を可能な限り薄め、料理を提供する時でさえ必要以上に会話を中断させないよう「…スッ」と提供する、そんな姿勢からは店主の強烈な気配りが伝わってきた。串ものを静かに焼く店主に、その芸術表現に感嘆をしながら酒と料理を楽しむ私と連れ合い。

これが決闘であったならば、間違いなく私の完敗だっただろう。

アルコールでグラグラする頭を抱えて、店を出た。遥か離れた我が家まで、帰らねばならなかった。

コメント

  1. 連れの人 より:

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    隣で料理を頬張り満面の笑みを浮かべつつ、こんな思考を巡らせていたのか、と。文章を目で追いながら思わずニヤリとしてしまった。
    是非また楽しく飲みましょう。