近頃のJONNYでの演奏について。

ここ最近、JONNYで2度ライブを行った。

その2回が印象深いものだったので記録。

ざっくり言うと「やっとJONNYでの演奏の仕方がわかった」って今までの数年間は何だったのか、となってしまいかねないような感想が出てくる。でもこれって正直な感想で、今までも「これがベストだ」と信じて毎回その都度その都度ベストを尽くしてきたのだけれども、ちょっと発想を変えたらもっとストレスなく表現出来る方法がそこにあった、ってな感じ。

具体的に何が変わったって、演奏技法や機材のセッティングが変わったわけでもない、ましてや楽器を変えたわけでもない。同じ機材で、同じベースラインを、同じ人が弾いている。端から見(聴い)て何かが具体的に変わったかって言われたらほとんどの人はきっと首をかしげてしまうかもしれないけれど、10日の演奏(この日の共演はsukida dramasTheキャンプ、murder murder)は演奏終了直後にメンバー全員で「今日のは何だ」となるくらい、バンドとして手応えのあるものだった。

個人的に「良いライブ」の定義(自分が演奏する側ver.)はいくつかあるけれども、この日の演奏はそれらのうちの幾つをも満たしていたし、僕個人に限ってもここ最近での演奏ではベストだった気がしている。

自主企画やワンマンでああいう「ハッ」とする瞬間を迎えられなかったのは締まりがない話ではあるけれども、基本的にはどのライブだって一緒だしああいうライブが出来て素直に嬉しく思っている。

振り返ってみればスランプだったのかもしれない。悪くはない、けれど限界が見えてどうすれば成長出来るのかゴールデンウィーク辺りはそれを漠然と考えていたものな。ってスランプ短ッ!

僕が何を心掛けたかって、もう本当に気楽に気楽に楽しんでやる事だけ。

これって一見すると凄く無責任な、快楽主義に思われがちな発言ではあるし「今更何言ってんの」って言われかねない発想ではあるのだけれど。でもこれってば思うにバンド活動の、いやさ音楽の基本だと思うわけで基本を忘れがちで気合いばっかり空回ってた僕にはなかなか勇気のいる事でもあった。

「これを喋ろう」「あれをやろう」とかそういうのを意識してしまうのは個人的には出来るだけしたくないし、場合によってはナンセンスでさえあると思っているのだけど、この日はそういう準備も心づもりも一切せずにステージに上がって、楽器を準備して、いつも通りステージ上のメンバーに「じゃあ今日もよろしく」と声をかけて「はじめまーす」ってPA 井藤さんに合図を出して演奏を開始した。

今まで「ライブ中」である事とか「観られている」事を強烈に意識していた。一音目からトップギア、余力なんて考えずに演奏し続ける事だけが正義だと思っていたけれども、感覚に身を任せてリラックスして音を出す事を「楽しむ」、そんな演奏を始めて楽しんだんじゃないだろうか。

その方が佐藤さんも楽しそうだし、あの人のやりたい事って多分結構そういう事なんじゃないのかなって思っている。

肩の力を抜いた方が良い演奏が出来るっていうのはあまり発想になかっただけに非常に新鮮。

ライブ、っていうものに対する考え方も少し変ったのかもしれない。勿論全バンド、そういう「付き合い方」をそのバンドの音楽とするわけではないけれども、少なくともJONNYに関してはスタジオで皆で楽しんで作った曲を「こないだこんな糞みたいに格好良い曲作ったんだよ聴いてみてよ、ホラ格好良いだろうがHA-HA-HA-HA!」ってなスタンスで演奏するのが、今は健全な気がしている。

13日の新栄SONSET STRIPでの演奏(実に前週のi GOと2週連続で出演だったな、そういえば)もそれを心がけた結果、やっぱりしっくりきた。

この日はMerci Merci Me!秒殺エンドルフィンYouKARI CHUNKYアナル玄藩とガッツンガッツンの日。こんな日は共演者の気迫にあてられて、猛々しい演奏をしてしまう。モニタースピーカーと柵でバランスとってはしゃいでたらモニター転倒、背中からステージに落ちたのは自分でも笑ってしまった。

リラックスって、大事。

あと気持ち一つで演奏なんてどんどん変わるもんだね。

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