ソロ活動というのは未だに「楽しい」だけのものではない。

28日は四日市ドレミファといろはにて舟橋孝裕、ソロ出演。
率直に書いてしまうとソロでの出演程当日が近づくにつれてプレッシャーを感じるものはない。誤解を恐れずに書くとバンド演奏での出演の方が気持ち的には何倍も楽だ。恐らくそれは人とのコミュニケーションを経て、それを重ねながらより高みを目指す演奏という行為と、一人で色々試しては取捨選択して自分ただ一人の美意識と判断を頼りに自分の名の下に表現をするという行為の間に横たわる大きな差異のせいだろうと思う。真面目な言い方をしてしまったけれどもわかりやすく言えば結局僕は自分の名前で何かをして、それがひょっとしたら物凄く価値のないものなのではないか、という事が恐ろしいのだ。演奏というのは長年経て練り上げてきたものだからね、32歳の演奏者としてある程度はプライドも自意識も確信もあるのである(自信、も多少はある)けれども、32歳一人の表現者、楽器を持たない表現者として考えた際にこれは途方もなく心細い。演劇というのは長年意識はしていたけれども練り上げてきたのかと言われるとそれはもう率直に「NO」と言える代物で、むしろ練るために人前に出てどんどん研摩している最中であるし(勿論今現在の最高値を毎回披露しているつもりなのだが!)、初見の方に「僕は今から演劇をやります」と言った際にその肉体的な年齢と表現物の間に積み重ねたものとしてギャップがあったらどうしようとも思うし、でも表現活動は重ねりゃ良いってもんじゃないぜ、面白い人間はきっと何をやったっていいセンいくはずだみたいなともすれば傲慢ともいえる考えもあるわけで、じゃあ自分が何者になれるのかを探求するのであれば恐れずにやるべきだ、と僕は毎回オファーを頂く度に腹を括ってきたわけである。
長々と書いた。つまりやるからには腹は括っているのだけれども、舟橋は毎回ソロ活動をする度に大いに悩まされるわけである。
では何故やるのかと言われたら先程書いたように自分を研摩するためでもあるし、何より試行錯誤してその結果が楽しいからなのである。

ドレミファといろはの橋本ゴウ店長はそんな僕の「楽しい試行錯誤」に膝を突き合わせて一緒に面白がってくれる一人だ。
「舟橋クン、これはわかりにくいな」「これはわかりやすいな」「ここは良かった」「あそこをこうした方がいいんじゃないかな」「面白い」「わかりづらいなァ」「もっと出来る」etc.兎に角応援してくれるし、一緒にいて面白いからとか長い付き合いだからとかそういうのを評価の物差しに一切差し込まず、表現を表現結果として兎に角ストイックに見つめて下さる。じゃあそこまで言うなら相談乗って下さいヨ、ってわけでもないのだけれども「一緒に打ち合わせも兼ねて飲みませんか」と僕にしては珍しく梯子酒までしながら作品について10分語り合い、それ以外は大いに恋愛や表現について語らった男二人の飲み会の結果、今回披露する作品は大いにわかりやすくなったと思う。僕からするともう「一緒に作った」と言ったら大袈裟じゃな、いや大袈裟か。だけども物凄く大きな助言を頂きました。ゴウさん呼んで下さって、そして手伝って下さって有難うございます。今後もきっとお世話になります。

今回やったのは江戸川乱歩先生の『赤い部屋』をモチーフにしたもの。全部一人でやるのでわかりやすく、兎に角わかりやすく、音楽を聴きに来たお客さんの前で突然披露しても、観る側に何かを強いなくてもわかるように、と意識してやりました。
自分で演じるのって好きじゃあないのだけれども、今回は「あ、これやろう」と決めた時に不思議と自分自身でやるのが一番良いのだろうなと思ったので、何度も何度も練習して自分自身で演じる事にした。夜な夜なブツブツと台詞を口にしながら歩いたり自転車を漕いだりしたのが功を奏したのか、流れるようにリズムやその場の空気を意識して台詞をアウトプットする事が出来た。自分の言葉が空間に響いてそれがどのような影響を観る側に与えるのか探りながら時間を重ねるのは楽しいものだ、と珍しく思えた。
つまり本番はノリノリでやれたってわけ!練習大事!!

2016_05_30_001
この日の出演者一同。左からわたなべよしくにさん、胡池マキコ さん、僕、中井大地さん。
ゴウさんが「今日は皆良いよ」と言っていたけれども本当にそうだった。たまげたわ。胡池さんの歌声は空間支配能力凄く高い。中井大地さんはフェミニンなアッパーさが大変魅力的。わたなべさんは良過ぎてライブ終わった瞬間に帰ろうかと思った。お酒を飲んで楽しく過ごす、なんて快楽を享受してはいけない、もっとストイックにならねば、と打ちのめされました。ゴウさんになだめられてすぐには帰らなかったけれど。
良い方々とご一緒出来て舟橋、幸せ者であります。

コメント