大丸ラーメンにて目にした信じられない一幕の話

友人宅にて久しぶりに桃太郎電鉄に興じた。
僕以外の経営者は皆飲酒をしつつ、僕はちょこちょこ酔っ払うと突然料理を始める家主が作ってくれる酒の肴をつまみつつざっと10年分の桃太郎電鉄。
当初のプレイ予想時間は「スムーズにいって2時間」だったが、結局1時間半程度で終わった。僕は3位。

その後、大丸ラーメンに皆で赴く。元々「桃鉄に興じた後に大丸に行こう」と計画していたのだが、予想外に皆酒が進んだらしく家主なんてフラフラしていた。そういうのも悪くない夜であった。

大丸ラーメンに到着すると並んでいるのは6名程。店内は一席空きっぱなしになっているから成程、大橋さんの入店ストップがかかっているようだ。少し前の大行列と比べればこの程度の行列ならば屁でもないさ、と列に並ぶ。
しばらくすると左側から何か圧力を感じる。見ると自転車に跨った初老の男性が予想外に近い場所に立っていた。ちょっと赤の他人同士が隣合わせで存在するには近過ぎるんじゃないか、ってなくらいの距離感。圧迫感が凄い。自転車に跨ったまま、缶酒を飲んでいる。
危ない人だったら怖いなあ、と極力その人の存在を意識しないように過ごす事にした。

前に並んだ方々がまとめて入店、次のロットで僕の番となった。と、自転車の男性が自転車を店の真ン前に駐輪した。お店を出たらすぐそこに自転車がある、という現在店内におられる方々からすると若干戸惑うような位置である。そして男性、何食わぬ顔で(食うんだけど)元いた僕の背後、友人二人を挟んだ位置に戻った。
そこで気付いた。
さっき異常に距離感が狭かったのも、この人からすれば当然で自分は列に並んでいるつもりだったからなんだ、と。自転車ごと行列に並ぶ、斬新な発想である。こういう人がいるのも大丸ならでは、というか今池の夜っぽくて面白い。

店の中の様子を一望出来る位置に陣取り(そういえば行列の位置の変化にも随分と慣れた。もう違和感なく並ぶ事が出来る)、まんじりともせずに待つ。僕の前に並んでいた6人は大丸の常連であり、慣れた様子で食べている。
心の中で「大丸プロ」と呼んでいる方々だ。食べるスピードが、圧倒的に速い。そして慣れている。滲み出る常連感。こういう方々と席を並べて食べるとなるとそれはそれはストイックな大丸の楽しみ方が出来て嬉しいものだが、この眼前でラーメンが供されて人の胃袋に納まっていく様を眺める側としてもこんなに心強いシチュエーションはそうそうない。自分の番はもうすぐそこである、と知れるからである。

と、背後から突然、音楽が響いた。携帯電話か携帯音楽プレイヤーに搭載されている小型のスピーカーで音量を無理やりひねり上げたような、そんなドライヴ感を伴った音楽。振り返ると先程の男性が携帯電話で動画か何かを観ているのだろう、音源はそこであるようだった。
外出先で音楽や動画を楽しむ事はあれど、まさかこの至近距離に人がいる状態でスピーカー出力で音楽を流されるだなんて思っておらず少々面食らった。だが、麺食らうのはもうすぐであるからして動揺を押し殺し、再び待機。
音楽が某国民的アイドルグループのものに変わった。

「♪アイウォンチュー (アイウォンチュー) アイニーヂュー (アイニーヂュー)♪」

初老の男性からすると意外過ぎる選曲、そして大丸前というこのシチュエーションとのギャップに思わずすぐ後ろに控えている友人と目をあわせる。この人、ただものじゃあないぞ、と目で示し合う。

そして入店の時がやってきた。今夜の大丸はどうやら6人ずつ入店、全員食べ終わったら次の6人、という6人入れ替え方式。ドカドカと僕を先頭に6人が入店する。初老の男性のターンはここから始まった。
「いやあ久し振りだね大将!」を皮切りに喋る喋る。隣に座った男性客に対して自分がどれだけここが好きか、そして大丸ラーメンとは何なのかと延々と語り続ける(余談だが「もやしと練りがなきゃ大丸じゃあないよ!」との件の男性の発言にその隣の男性が静かに「出されたものがすなわち大丸だと思ってます」と切り返したのにはハッとした)。大橋さんも当初はにこやかに受け答えをしていたのだが、男性の「ラーメン横丁って知ってる?俺、大丸推薦しちゃうよ出店しなよ!大将もさ、ピチピチのギャルを雇えばいいんだよ。それとも枯れちゃった?」云々の発言にあからさまに不機嫌になっている。店内の他のお客さんもこの男性に戸惑っているのが明らかである。
ああ、フラストレーション溜まるなあ。今日はこの人の声を聞きながら食べなきゃならないのか。
基本的にラーメンor大橋さんと一対一のやりとりであると大丸で過ごす時間の事は捉えているのだが、どれだけ集中しようとも耳に入ってくる不快な男性の喋りのトーンにナーバスな気持ちになってくる。
ラーメンが供された。…旨い。しかし男性は以前喋り続ける。

「どうだい?…ほら耳に入ってないよ。それくらい集中させる何かがこの一杯にはあるんだよなあ。俺はやっぱりモヤシだね。モヤシがドーンと乗ってないとさぁ…」

頼む、ブログでやってくれそういうのは。人生の年長者に言いたくはないけれど、不快なんだ。

「はい立って下さい」
男性にラーメンが供される。

「おおおおおおおおきたきたきたきたぁ!これだよこれ、おおお、そんなに入れちゃうの?そんなにモヤシ、ああ、やっぱりこうだよなあ、大丸はこうでなくっちゃなあ!嘘!?まだ入れるの?うわあ嬉しいなあ」
男性のテンション、最高潮。ちょっとわざとらしい程だ。それもまた気に障る。
この人、どんな食べ方するんだろ。
そんな事を思いながら丼に向き合って麺を口に入れる。と、店内にどよめきが。
何の気なしに顔をあげると、僕の随分と後ろに偶然並んでいた友人が件の男性に背中を押されて半ば強制的に入店させられた所だった。

「はい食べて食べて!!」

着席させられる友人。半ば条件反射なのだろう、割り箸を手に取る。
何が起きたか、理解出来なかった。あれだけ興奮したのにラーメンを前に順番を譲った、だと…!?
店の出口では件の男性が別の客を捕まえて「ほら、こうやって若い連中がラーメン食べてる背中を見るのがいいんだよ、な?」だなんてやっている。
え?食べないの?自転車ごと並んだし店内でも散々、うるさいくらいに愛情を表明してきたのに?
大橋さんは別に気にするでもなく普段通り。
え?

その瞬間、何となく理解出来た。
自転車ごと並んだのも、行列の最中スピーカーから音楽を鳴らしたのも、店内で喋くりまくったのも、そしてラーメンを受け取った瞬間に退店したのも、恐らくは全て計画通り。この人、始めからそうするつもりだったのではないか、と。
帰路につきながら同行した友人達と「あれも一種の大丸プロだよなあ。清々しいまでの裏切り方だったなあ」とこぼしあった。不快感は、消えていた。

コメント