カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』

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長崎県出身、日系英国人のカズオ・イシグロ著『わたしを離さないで』を読了。
大晦日~2015年なりたてのあたりでたまたま話す機会を得た読書家の女の子におススメして貰い、これも何かの縁と特に下調べもせずに購入を決定。
これが本当に大当たり。それなりに厚みのある小説なのに届いた夜に一晩で読了。感動の余韻が残っている間に読書記録を残しておく。この感動の半分くらいしか書ける気がしないけれど。
まずは簡単な粗筋。

優秀な介護人キャシー・Hは「提供者」と呼ばれる人々の世話をしている。生まれ育った施設ヘールシャムの親友トミーやルースも提供者だった。キャシーは施設での奇妙な日々に思いをめぐらす。図画工作に力を入れた授業、毎週の健康診断、保護官と呼ばれる教師たちのぎこちない態度…。彼女の回想はヘールシャムの残酷な真実を明かしていく―全読書人の魂を揺さぶる、ブッカー賞作家の新たなる代表作。

書評サイト等の謳い文句等を観ているとミステリー扱いしている向きもおられるようで、実際そのように読む事も出来るとは思うのだけれども、そこが主軸ではない(カズオ・イシグロ氏も「別にネタバレは構わない」と言っているそう)。ただ、読み進めていくうちに僕自身色々と悟っていく感覚を楽しんでいるのを自覚した時は「本当に下調べとかせずに買って正解だった」と思った。面白い本らしい、という予備知識だけ、粗筋もなにもかも全く未知のままページを繰ってこんなに良かったと思った本はない。ミステリー要素から、ではなく、無知であったが故に瑞々しい感動を得られたように思うからだ。
何かがあるというのは漠然とわかるけれども、そしてそれが何であるかはなんとなく手触りはわかるのだけれども正体が掴めない。子供時代の外界ってそういうものが多かったように思えるし、作者としてはそこを追体験して貰えるように徐々に「全容」が明らかになるように書いたそうなのだけれども、いや、見事だったなあ。
子供ながらの虚勢や嫉妬、理屈では説明するのが難しいような繊細な心の機微も、我々に通じる言葉で緻密に描いておきながら全く違和感がなく、それでいて説明臭くないところなんて作者(と訳者)は天才か、と思った。
人間を描くのがとても綺麗。巧い、なんて言い方は一読者からすると傲慢な物言いのようだけれども、この作者さんは人間の心の機微を描くのがとても美しく、ストンとこっちの腑に落ちるように導いてくれる。

ジャンルとしてはSFなのだろうけれどもそれよりも静謐な人間ドラマであるという印象の方が何倍も強いのは、その心理描写の情感伴う緻密さと、静かで静かで、悲しく、しかしながらとても美しい結末にあるのではないかと思う。
いやあ、読んで良かった。
ここ最近読んだ中でも、特に長い間心に残りそうな一冊である。

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