徒然と書く。

b22492b2.jpgメモ程度に箇条書き。
これらは今後の日記のシナプスであり、機会を改めてしっかりとまとめようと思う。

・うん○を漏らしてしまう事と、うん○を漏らした事をあっけらかんと暴露する事、どちらが人間としての尊厳を失うのだろうか。ちなみに僕は今年の夏くらいにやってしまった。

・小さい頃は意識しなかったけれど、女性になりたいくらい女性が好きだと言っても過言ではない。ただそれは「男性である」という大前提があっての事なので性転換へ結びつくものではない。

・上記の写真は僕が大学3年生の頃のもの。目に線は入れているものの、歴然と僕であり、僕である事は明白である。この頃から変態的なものに『憧れて』いた。
本質的にはそういったものに『憧れる』に過ぎない常人でありはいて捨てるほどいる一個人に過ぎないのであるが、「その好みと嗜好がおかしい」と言われ目標を達成はしていないもののどうやら憧れを体現する事には成功しているようである。

・小さい頃にまだまだ幼子だった僕を抱っこしていた祖父。祖父は僕を落とした。僕の顔の先には机が。それで追ったのが右眉毛のYの字の傷。
祖父と僕の絆である。

・第2次世界大戦の頃、日本軍の若き兵士敏夫青年は戦地で熱病に倒れた。
現地の病院に収容された敏夫青年。程なくして一人の看護婦が敏夫青年に惚れているという噂が敏夫の耳に入った。冷やかされる敏夫。だが当の本人からは何も言われぬまま。
そんな或る日その看護婦が敏夫の元にやって来た。
「あんたは国に帰りなさい」
彼女はそういうと敏夫青年のカルテに「緊急ニ送還ノ必要アリ」と書きつけた。実際敏夫青年の肉体は順調に回復しており、今や敏夫青年は健康そのものだったのだが看護婦の計らいによって敏夫青年は帰国する事になった。
敏夫青年が戦線に復帰する事になっていたら乗船していたであろう潜水艦が太平洋の真ん中で敵艦に撃沈されたのを敏夫青年は後に知る事になる。敏夫青年の所属していた部隊の戦友達は皆、潜水艦と運命をともにした。
部隊唯一の生き残りとなった敏夫青年は帰国後清子と結婚。男の子を授かる。
子は謙治と名づけられ健やかに育てられた。
その子が数十年後に芳樹と孝裕という二児の父親になろうとは誰も知る由もなかった。そんな時代の話である。

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