田中 宏昌『明日もし彼と彼女がストーカーになったら』

続・我が逃走

友人宅の本棚に本書が突っ込んであったので手に取ってみた。帯に「江川達也氏絶賛!」と書いてあって、友人の嗜好から鑑みるとこの文句に心惹かれたのかもしれない。丁度活字に飢えていた頃合だし、気軽に読むには良さそうだから借りて読んでみる事にした。

では早速粗筋を。

どこにでもいる内気で真面目な女子高生、真子。彼女はバイト先のファミリーレストランのマネージャーに遊ばれ、先輩百恵の薦めで店長の片桐に相談を持ちかける。片桐の優しい慰めの言葉に胸を打たれる真子だったが、それは悪夢への始まりにすぎなかった……。ストーカーと恋人の境はどこなのか?女子高生を主人公に、日常生活に潜む狂気と墜ちていく恐怖を新しい視線と角度で描いた話題作。選考委員長の江川達也氏も驚愕した、第5回U-30(アンダー・サーティー)大賞受賞作品!



今回はガンガンネタバレしていくのでここまで目を通して少しでも興味をそそられた方、レビューをザラリと読んでから本書を読もうと思っている方はご注意を。今回の書評はともすれば貴方の抱いている(あるいはささやかな)本書への興味を削ぐ事になりかねないので。

では続けるとして、とりあえず「店長がストーカー化→困った女子高生→自らがストーキングされたストーカーは、ストーキングを止めるという実例がある→女子高生、ストーカー化」という流れは、面白い。興味をそそられる。

しかしそれも本書の登場人物への共感、感情移入、興味をそそられてからこそなのではないだろうか。テンポよく物語が進むには進むのだけれども、その分人物の書き込みが足りないという気がしないでもない。もっと酷い言葉を使うなれば、登場人物が皆テンプレート的というか、お決まりのキャラクターばっかりで全然現実味がない。

現実は漫画や小説より多様性に富んでおり、人間というのはその複雑極まりない人生や経験の積み重ねによってその内面が出来上がっていくと僕は考える。故に「優等生キャラクターだから大人しい」というのはある意味では正解ではあるかもしれないけど(そうでない優等生もいるだろうし、勿論そうでない大人しい学生もいるだろう)それが全てではない。作者はどうもそれが全て、というかそれを強く打ち出して登場人物を描き過ぎな印象を受ける。「ギャルだから軽い口調で、そして勉強が出来ない」とか「女性を女性と思わない軽薄な男」の描き方とか、本当にテンプレートに則っているなと思った。大学で心理学を専攻し、カウンセラーを志しているカウンセラーの卵が「心理学的には・・・」と何度も何度も口にするのはもう現実味がないを通り越して「何だかなあ・・・」と思った。実際あんな人間はいないだろうし、あそこまで安易な心理学部生はいない。実際の人間はもっと複雑で、多様性に富んでいる。描写に行数を割けば割く程、登場人物に対して希薄な印象を受けてしまうのだから結局、感情移入出来ないまま読了してしまった。

ストーリー展開にも「こうしたら、こう!」みたいなご都合主義的な展開が見受けられ、どことなく腑に落ちない。

ラストも強引な印象を受けた。ストーキングという行為、そしてストーカーという存在への作者の主張がほんの少しでも垣間見えれば印象は随分と違ったと思うのだけどなあ。

しかして本書は、ファミリーレストランの裏側を垣間見るには丁度良い(作者はしっかりと専門書で研究を重ねたようであるので、納得である)。あと気軽に読むには丁度良い分量で、かつ複雑なトリックや頭を使うような殺人事件も起きないので気楽に読める。「金返せ!」と叫びたくなる程つまらなくもないのでサックリ読むのが吉。

コメント

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    『事実は小説より奇なり』ってのはホントそう思いますね。
    二次元的な人物の感覚って現実に生きている人間の所々の特徴が際立ち過ぎていて、作り上げた人工的なモノっていう風に感じてしまう。だから感情移入出来ないんだろうな。

    読んで面白い小説って人物の細かい説明を沢山されるより、登場人物の会話とか心理描写が巧みなものな気がします。
    読んでいる人に、この人はこうゆう人なんだろうな~と色々想像させる表現ね。
    それって現実世界でも同じことだよね。

  2. 舟橋孝裕 より:

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    >ピコ・ピコリンさん
    そうそう、まさしくそういう事なんですよ!
    うまくまとめて頂けて幸いでありますw