本当ならば14日(金)の仕事終わりで家族と合流、そのまま伊勢志摩は和具浦の義父の生家で遅めのお盆休みを満喫するはずであった。義姉一家も集まって賑やかに、のんびりと夏の思い出を作るはずだったのだが。
手足口病の罹患が発覚、そういうわけにもいかなくなった。水泡が出た当初こそただの体調不良である可能性を信じたい気持ちがあったのだが、翌日以降も続々と増える水泡、続く喉の痛みにいやこれはもう120%手足口病であると確信を得た。
そうなると和具浦には義姉一家の乳幼児も集まるので手足口病真っただ中(しかも水泡が出た直後)の僕がいるのは実に良くない。
審議の結果、妻は娘(長女、次女)達と予定を早めて13日(木)夜に和具浦へ旅立った。
妻達が帰宅するのは16日(日)。つまりそれまで自宅と職場の往復以外は、単身自宅療養する事となった。
去年も和具浦へは僕だけ行けなかったので、何だか夏は和具浦に呼ばれていない気がするぞ。
しかしながら伊勢志摩から自宅への帰路、長時間(和具浦と自宅の間は車で片道3時間程かかる)運転を妻1人に負担して貰うのもナンなので日曜午前、丁度正午頃に到着するよう調整して伊勢志摩の鵜方駅まで近鉄を乗り継いで向かう事にした。

写真は「夏らしいな」と思い駅のホームで撮った1枚。
流石に水泡が出て割と日数が経っているので喉の痛みもなくなり、手の水泡も瘡蓋状になっている。
ウイルスも便にこそ存在するものの感染力は弱まっている頃合い、だそうだ。
それまで金曜夜から自宅に引き籠っていたので、近鉄に乗っての遠出は何だか気持ちがはしゃいでしまう。
2026年のお盆ではお盆休みらしい行為はこの鵜方駅までの電車の旅、そしてそこから家族との名古屋モドリくらいになりそうであった。
鵜方駅に予定通り正午頃到着。妻も程なくして到着予定だったがまだ少し時間がありそうだったので駅前をぶらつきがてら、近くの薬局へ向かった。欲しい軟膏があったんだよね。
歩き出してすぐさま、ほとんど駅前でローカルな良い雰囲気の楽器屋さんを発見。生憎とシャッターが下りており、この日は営業していないようだった。後で調べてみると楽器教室もやっているそうで、親切で良いお店との事。店内、見てみたかったなあ。
程無くして妻と娘(長女、次女)達と合流。
車で名古屋に向かうも妻発案で伊勢神宮に寄って参拝してから帰ろうという事に。

娘(長女)が記念撮影をしてくれた。
伊勢神宮、久しぶりに参拝した。
「神様にはお願い事をするんじゃなくてお礼を言いに行くんだよ」と自分自身でさえ最近知った事実を娘(長女)に披露。
お礼を言わねばならない事は沢山ある。本当に、お陰様で有難い事の連続だ。
悩みなんて手足口病くらいだもんな。

折角なのでセルフィで家族全員で記念撮影。
参拝後はおかげ横丁で食べ歩きしたりしつつ、娘(次女)が眠たそうにしているので割と長居もせずに伊勢神宮を後にした。
そうそう、参拝前に入った赤福で抱っこされた娘(次女)の足がふとした弾みで人様の赤福氷に当たってしまうというハプニングが発生。慌てて列に並び直して赤福氷を弁償させて頂いたのだけれども、その方が良い人で「これ帰りに食べてね」とお菓子を下さった。
兎に角恐縮して妻ともども平伏してしまったのだが、咄嗟にそういう寛大な対応をとれる大人に、僕もなりたいなと思った。
心優しい人で良かった。いやはや、申し訳なかったです。
「かくありたいね」と話しつつ車は名古屋へ。

義母が持たせて下さったお土産の中に手こね寿司があったので、妻の実家に伝わる手こね炒飯を作って食べた。
バターで紅ショウガを混ぜ込んだ手こね寿司を炒めて塩コショウで調味するだけ、といえばそれだけの炒飯なのだけれども義父が作ると別格に美味い。最初こそこの手こね炒飯が出てきた時はびっくりしたが義父曰く「手こね寿司は食べ過ぎたので飽きた。炒飯にした方が旨い」との事で成程、確かに火が通った鰹にバターをまとったもち米の酢飯、紅ショウガのアクセントで類をみない旨さ。
お土産用の手こね寿司も炒飯にする前提で持たせてくれたようで、お礼の電話をすると「炒飯にした?」とすかさず問われたのでやはり炒飯用で間違いなかったらしい。
義父が作ってくれた炒飯の方が5倍くらい旨いけれども、うん、気分だけでも和具浦に行く事が出来た。
妻の実家家族の配慮に感謝しきり、である。