この日は仕事を終えて家族で夕食をとり早めの入浴の後、白線の内側の練習。
月末に控えたライブに向けて練習をしたいね、それに加えて創作意欲もあるし新曲も作りたいねという事でそれぞれ忙しい中予定を擦り合わせた結果、いつもよりざっと1時間30分早くスタジオ入り。(僕個人でいえば妻の協力なしでは成立し得ないけれども)やれば出来るものである。
前回のライブは演奏に参加出来なかった金森君の代打として梶藤君がドラムを担当してくれたので久しぶりに正規4人メンバーでの演奏したけれども、やはり4人のうち1人がそれまで一緒にアンサンブルを構築してきたメンバーでないというのは変化があったんだなと再認識。どちらが良いとかそういう話では勿論なく、バンドの演奏の質感自体を変化させるには4人のうち1人の変化で十分過ぎる、という事である。
それにしても、リズムを強力に打ち出す梶藤君の演奏に対してリズムの中で音符で描くようなドラムを叩く金森君と演奏家のコントラストが鮮やか過ぎた。バンド全体の音量感さえ変わったものね。
興味深い経験である。
以前かしやま君と金森君が白線の内側として2人編成でライブに臨んだ事があったけれども(ゲスト有)、その際に披露された曲を改めて4人で演奏してみないかというアイディアに挑む。幸いにして2人編成での演奏の記録音源が残っていたので何度か聴いた上でこの日のスタジオに臨んだのだが、良い形で4人での演奏に結実出来そうである。しかしながらかつてない方向性で演奏技術が要求される形になったので、果たして人前での演奏披露がいつになるのか定かではない。
もう1曲、挑戦。
前回のライブからこの日に至るまでの間に個人的に色々思索している中で「AIにベースリフを思いつかせる事は出来るのだろうか、そしてそれをバンドアンサンブルに持ち込むとそれは果たしてアイディアとして誰着想になるのか」という作曲技法自体に対する内的な問題提起に辿り着いた。AIの取り扱いについては表現に携わる者として感じる事/考える事はあるけれどもバンドの関心が向かっている方向性が「未来、発展性、人工知能、宇宙」等そういった事柄にフォーカスしていっているのを感じるので僕なりに考えてみた次第だ。
具体的にChatGPTに「未来っぽいベースリフはないかね」と(敢えて)実に雑然とした投げかけをしたところ提示された5拍子のベースリフを樫山君に共有、2人で相応の形にしたものをこの夜の練習に持ち込んだのであった。
これまた今現在の我々ならでは、の形に結実する気配有。
つまり新曲が1夜にして2曲形として成立したという事である。滅茶苦茶有意義な練習だったな。

樫山君撮影、練習後の3人。
僕が練習後なのにレッドブル(シュガーフリー)を飲んでいるのは、疲れたからである。
練習を終えてもまだ22時!
という事で久しぶりに樫山君とサウナに向かう事になった。というか久しぶりに行きた過ぎて前夜から「サウナ行こうよサウナ、なあサウナ行こうよサウナ」と樫山君を恫喝していたのであった。
久しぶりに行く時は何となく中川コロナの湯を選びがちである。カーステレオで『交響曲第9番合唱付』やら『ボレロ』を相応以上の音量で流しながら「やっぱりオーケストラのアンサンブルによるダイナミズムには敵わねえなあ!!」だなんて言いながら中川コロナへ向かった。

到着。
祝日前日だったので混み合っているかな、と思ったけれどもさにあらず。
あ、でもゲームセンターやカラオケの前には若者が沢山いたな。
サウナに入る事自体が物凄く久しぶりだったのでこの夜は慎重に。サウナ室の下の段から体を温め、徐々に上の段に上がっていくスタイルで楽しんだ。コロナの湯は水風呂が良い。滅茶苦茶冷たいわけでもなければ「ずっと入っていられる」系の水風呂でもないけれども、何だか水を浴びた後にスッキリした気分になるので水質が良いのだろうか。
外気浴スペースも椅子が増えたような。久しぶりだから記憶違いの可能性もあるけれども、いやしかし明確に増えたと思う。
外気浴をしているとさり気ない音量で聴いた事のある音楽が流れてきた。すぐに「あ、サ道のBGMだ」と思い至ったけれども、まさか本当にそうだろうか、あまりに気持ち良くて幻聴が聴こえているんじゃなかろうか、自分自身の事をサ道の登場人物のように錯覚しているんじゃなかろうか、映像作品の観過ぎも考え物だなだなんて思ったけれども、入浴後に樫山君も「サ道の音楽、流れてましたね」と言っていたのでどうやら幻聴ではなかったらしい。
久しぶり過ぎて背中から腕から足、もうほとんど身体全体にあまみが凄く出た。
真っ赤だったもんね。