#1

「…え~ミステリーの中の探偵は
犯人はこの中にいる!
とよく言いますが、当たり前です。ミステリーがミステリーたらんとするにはそれが必然だからです。つまりこの国の名探偵達は当たり前の事を言ってきたわけで。
願わくば、未来の推理小説作家の皆さん、新しい決め台詞を考えてみてください」

深夜一時をまわったロイヤルホストに四人の若者がいた。それ自体はさして珍しい事でもないが、問題は彼らの会話の内容である。もしウェイターが通りすがりに彼らの会話を耳にしたならば、彼は驚きを隠せなかっただろう。
「…だからさ、今回の音源は曲順的に密室殺人をテーマにしたいんだよ」
ずれた眼鏡を直しながら船橋が言う。
「僕らの最初の音源になるわけだし、ここで僕らのベーシックを見せておきたいんだよね」
それに対してジャージ姿の若者、矢麻田が答えた。
「俺的には敢えてそこをずらしていくのも面白いと思うんだけどね。バンド名がバンド名だけに密室殺人を扱うのは安易じゃねぇかな」
ちなみに彼も眼鏡である。
「う~ん、どちらも一理あるな」
煙草を灰皿に押しつけながらそう言ったのは彼らの中で一際体格のいい眼鏡青年、噛田が言った。
「なるほど。かっくんはどう思うね?」
矢麻田に問われ、これまた眼鏡の青年、掻務が答えた。
「う~ん、う~ん、俺は外した方が面白いかなと思う。何となくだけどね」
「なるほど。では今回は敢えてテーマをずらしていこう」船橋はそう言いながらノートに決定事項を記入して言った。
どうやら彼ら四人の眼鏡青年は、煙草をどんどん灰にしながら何かを話し合っているようだった。話の内容から察するに彼らは音源のテーマについて話しているらしい。
「では次の議題にうつろう。アレ、どう進める?」
バンド名、完全密室殺人。彼らが今回の事件の関係者である。

話は3ヵ月後に進む。
某県某市にある湖沿いのレコーディングスタジオ。ここが今回の事件の舞台となる。
その夜は完全密室殺人の一枚目のレコーディングが完全に終了した事を祝して、内々で打ち上げが行われていた。
彼らはスタジオが常設してあるコテージのリビングに集まっていた。
「いや、本当にお世話になりました」
噛田はそう言うと頭を下げた。ビールを飲んだ噛田の顔はほんのり赤い。一見酒豪に見られがちな噛田だが、意外にも顔に出やすい体質なのであった。
「いやぁ、いい感じに進んで良かったよ」
そう言うのは小笠原である。このスタジオ兼宿泊施設を完全密室殺人に紹介したのもレコーディングエンジニアを仕事とする彼であり、彼らの音源のレコーディングを担当したのも彼であった。
「お陰様でいい感じにしあがたっすよ。ま、ま、一杯どうぞ!」
そう言い矢麻田がビールを注ぐ。
皆が皆、一仕事終えた充実感からか開放的な気分になっていた。場の空気も明るく、皆大いに飲み、大いに食い、そして大いに語った。
「いいライブして、沢山売りますから!目標まずは百枚!」
船橋が完全に酩酊した顔でぶちあげる。
「少な過ぎではないかね!千枚いこう!」
矢麻田がビールを一息に煽って切り返す。
「ややや、一万枚だろ!」
噛田がそれにのっかる。
「お!かっくんも何か言ってやれ!」
「え、え、じゃあじゃあ、二万枚!」
夜は、まだまだこれからだった。

船橋が寝てしまい、噛田の「じゃあ今夜はこの辺で」と言う一言で終わった打ち上げ。小笠原は一人一室あてがわれたコテージの部屋に戻り、持ち込んだCDプレイヤーで音源の最終確認をしていた。
「…ん、こりゃ駄目だ」
仕上げにかかる前に致命的なミスを発見した彼は、明日の朝一でそこを訂正しようと携帯電話を手にとった。

そろそろ寝ようか。小笠原は部屋の照明を落とすとベッドに向かった。
その時、扉がノックされた。メンバーだろう。彼らにも仮音源を渡しておいたのできっと自分と同じ点に気付いたに違いない。彼は緩やかな酔いが支配するまま、扉に向かった。
扉を開けると、廊下に明かりがついているからだろう、丁度真っ暗な部屋の中からは逆行となり、誰がそこに立っているかは判然としなかった。「どしたい」
相手に問う小笠原。だが相手がその問いに答える事はなかった。その人物は答えるかわりに小笠原の背後に素早く回り、首に紐状のものをくくりつけた。
何が何だかわからないまま、小笠原の意識は遠のいた。

翌朝、なかなか起き出してこない小笠原の部屋を掻務が訪れた。いくら扉を叩いても返事がない上に扉は内側から鍵がかけられているらしく、支配人に話が通され、メンバー一同と支配人は合鍵を使って部屋に踏み込む事になった。そこで彼らは首を吊っている小笠原を発見する事となった。

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