舟橋、怒涛の4連戦の話 その2

さて、前回 に続き4日連続でのライブの話の続き。

7月15日(日)
この日はJONNYで京都VOXhallへ。
早起きして集合場所である佐藤さんちへ向かった所、まだ誰も来ていなかった(し佐藤さんは寝坊後、大急ぎで準備してた。いつもの光景ですわいな)ので一人でゆっくり佐藤さんのPCでTHE WHOの動画を観、テンションが上がる。
「やっぱりカロリーを無駄に消費するようなライブをしたいもんだなあ!」
そこで登場したサポートドラマー せんちょー氏にPCモニターを指差しながら「こんな運動会みたいなライブがしたいんです。カロリーを沢山消費するような!」と力説。思えばこの辺りから既に伏線が張られていたのかもしれない。
出発時間の段階で既に予定より遅刻、高速道路に乗った瞬間に前回の東京遠征 に続いてのせんちょー氏、後部座席にてシートベルトしてない事件等、前途多難な道中ではあったけれども(せんちょーのテンション下がりっぷりが凄かった)、遅刻せずに京都VOXhall到着。
リハーサル後、この日の進行を担当するおのまん君(VOXhallスタッフ/太平洋不知火楽団 スタッフ/友人)と二人でご飯を食べに行く。今まではVOXhallでライブをする際は絶対バーガーキングに行っていたのだけど、先頃ついに名古屋にもバーガーキングが出来たので今回はスタ丼を食べに行く。

続・我が逃走
「これ、旨いんだよね」と定食を食べるおのまん君。
そういえば顔合わせをおのまん君程うまくやる人を俺は知らない。

この日のVOXhallは素敵な歌モノ中心な印象。勿論そういうのも大好き。特にパウンチホイール の"美しさ"には脱帽。曲もハーモニーも全力でバンドの音楽を美しく仕上げる事に集中してるんだろうな、あの人達。美しさに不純物がないっていうか。サポートギターのコダマ君(ex.ハミリーコンプータ)のギターも流石の存在感。

そして僕は、そんな中でふっと浮かんだ悪戯心にとり憑かれていた。
VOXhallはステージのちょうど真上にスクリーンがあって、開場後はそこで注目イベントやプッシュされているバンドの写真や音楽と一緒に流れたり、とても洒落ている。そのスクリーンの前には出っ張りがあって、どうやらそこに人が乗る事も可能な様子。
(…あそこに乗ったら、気持ち良いだろうなあ)
ふとした思いつきっていう奴は怖い。しばらく後に僕は、少し前に東の宿敵が僕が思いついた事をやっていた事を思い出してしまった。嗚呼、君もか。
その彼っていうのが丁度開場前に電話して、この前日に話しきれなかった彼のバンドのこの先の話をしていたものだから、僕ったらもう闘争本能の塊みたいになっちゃって。VOXhallでライブの日に、彼と電話して、そしてその夜彼らは自分達の決断を発表する事となる。そして僕の些細な思いつきは自分の中で「やらねば負け」みたいな思いに変わっていった。普通はそういう「今日はこれをやる!」みたいなのは嫌いだ。決めてそこにモチベーションをもっていくっていう作業はどうも苦手だし、やると決めたからやりたくもないのにやるっていうのは一番どうしようもない。やりたい事は誰に止められてもやるべきだしやりたくない事は絶対にやるべきではない、というのが僕の持論なのではあるのだけれども、でも宿敵の顔がちらついてしょうがない。
以下、VOXhallのステージに向き合って撮影した画像。

続・我が逃走

そしてライブが始まった。
名乗り上げるのもそこそこに、図の印が打ってある場所まで脇の梯子を使って移動、一瞬、ここでポーズを決めた宿敵の顔を思い浮かべて、そして、飛び降りた。
無事に着地する。VOXhallスタッフさんには「前例がないですね・・・大丈夫ですかね足やっちゃうんじゃないですか」と危惧されおのまん君には「お薦めしないなー」とやんわりと制止されたけれども、兎に角俺はやった。そう、俺は貴方の街のスパイダーマン!
初見の方が多いであろう中、テンションが伝わるような演奏が出来たと思う。途中で恐らくは飛び降りた際に真っ先に地面に触れたのであろう左足が痛んできたけれども、アドレナリンで誤魔化せた。
兎にも角にも、俺はやった。

終演後、どんどん足が痛んできた。恐る恐る靴下を脱ぐと、腫れている。エアースプレーで冷やしたりはしていたのだけど、ちょっとこの痛みは普通ではない。おのまん君にビニール袋詰めの氷を貰って、冷やしながら名古屋モドリ。名古屋に着いたらすぐ病院に行く事に決めた。全く、自分で勝手にやった事で足痛めたんじゃあ世話ないよ。情けない。
骨折の可能性についてボーッと考えながら、何の気なしにtwitterにアクセスすると宿敵達が活動休止を発表していた。

名古屋到着。とりあえず解散後、佐藤さんの運転でそのまま夜間救急病院へ。
ちなみにこの病院、以前腕を折った際 もお世話になったし茜谷さんも佐藤さんも 、最近では各務君もお世話になっている。
レントゲンを撮って貰った結果、骨折はしておらず。ホッと胸を撫で下ろすものの、痛いのは依然変わらず。鎮痛剤を頂いて、湿布と氷嚢で足を冷やしながら就寝。

続・我が逃走
気の利いたポーズをとるでもなく、力ないピースサインをする僕。
先生「どうしました?」 僕「階段から落ちました」

7/16(月)
起床。

昨夜よりかは幾分ましになっているものの、やはりまだ痛む。が、今日は4連戦最終日。悠長な事も言っておれぬ、と痛む足を引きずってライブ前の確認作業をするためにパイプカツトマミヰズの練習へ向かう。
時間薬、とは良く言ったもので時間が経過するにつれて足の具合も回復する可能性がある。しかし勿論、このまま痛い可能性もある。痛みを堪えてライブを行うのは簡単だが、無理して下手に長引かせるより面白い事が思いつけば無理せずにライブをするのも良いだろう。
…あ。前から試してみたい事があったんだった。
というわけで、人生で初めて、なのかな?座った状態で演奏を開始した。

続・我が逃走
椅子に拘束されたまま運ばれてきて…

続・我が逃走
ベースを持たせて貰った瞬間、再起動
(眼帯、包帯に添え木に三角巾装備)

そう、一度眼帯とか包帯とか所謂「厨二病」的なアイコンを突き詰めたコスチュームプレイのまま演奏に臨んでみたいと思っていたのだった。変身願望、凄くあるしね。元はと言えば前夜飛び降りた後も「僕はスパイダーマン!」とかはしゃいでいたし。そんな28歳にいささか疑問は抱きつつも、大いに楽しんだ。

ちなみに設定は「ライブを3日連続で行った結果、心のバランスを崩し自傷行為に走って入院中のところを拉致されてきたベーシスト」であります。
リハーサル後に駒田君とドラッグストアと100円均一にて「材料」を大量に買い込んで準備した怪我コスプレ及び拘束具、大いに楽しんだ。だが想定外だったのが、拘束具として使用した100円均一のベルト。椅子に括りつけられたまま如何にはしゃぐか、が裏テーマだったのだけど、ものの数曲も弾かないうちにあっという間に千切れて飛んでいってしまった。で、最終的には…

続・我が逃走

いつも通り。
最終的には包帯も眼帯も添え木も三角巾も全部外して、ドラム缶に飛び乗って大いにはしゃがせて頂きました。こういう事するから治りが遅いんだって?失礼失礼。
写真を撮ってくれたヨシダユキ(カメラマン/ご近所)さん、有難う!
この日はelectro53 (T-BOLANの五味孝氏さん在籍のインストユニット)が共演だったのだけど、五味さん、凄く丁寧で親切な方だったなあ。そしてギターの音が物凄く良いのね。所謂普遍的に「良い音」っていうのはああいう音なんだと思う。

そしてelectro53のスタッフさんが褒め殺し以上に褒めて下さって、色々と情熱的に評価して下さったのは本当に嬉しかった。あの言葉を糧にパイプカツトマミヰズでの活動を頑張っていきたい、と思う。

こうしてJONNY、i GO、JONNY、パイプカツトマミヰズの順でライブを繰り広げた怒涛の4日間は無事、あ、無事じゃなかった、兎に角幕を閉じた。
バンドマンはサイヤ人と同じで、限界が近付けば近付く程強くなる。そういった意味では今回は筋トレの影響か、肉体的な負担な今までと比べ物にならないくらい少なかったな…別に演奏はいつもより体を気遣った、とかそういうのは全くないのだけど。筋肉って、凄い!

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